国連軍太平洋方面第11軍横浜基地。

 オルタネイティヴ計画――宇宙からの侵略者「BETA」とのコミュニケーションを目的とする研究計画――そのなかでも日本主導によって行われてきた「オルタネイティヴ第四計画」の中心である施設であり、その成果により「人類の未来を決定付ける」といっても過言ではなかった決死の反抗作戦「桜花作戦」を成功に導いた「オルタネイティヴW」の最高責任者「香月夕呼」博士が在籍する場所である。
 そして横浜基地は今、昨年12月29日に起こった佐渡島ハイヴ――――甲21号目標の残存兵力と思われるBETA群の襲撃により壊滅的な打撃を受け、基地の人員損耗・物資の不足により、未だに再建の目処も立ち切らない状態だった。
 さらに現在は、その時基地の内外にいくつも築かれたBETAの死骸の山が放つ悪臭が問題になり、そちらの処理を優先的に進めているため、基地の建て直しは一時棚上げとなってしまっていた
 そんな満身創痍の横浜基地の地下19階、高レベル機密フロアに該当するそこに、香月夕呼が主に利用している執務室がある。
 白銀武は今その執務室にて、香月夕呼と対面していた。
 夕呼もここしばらくはずっとバタバタしていたようで、武がこうして直接会うのも割と久しぶりだ。
 純夏のことが気にはなっていたが、忙しいのを邪魔してまで一々聞きに来るのも憚られたし、それこそ事態が変化しているなら夕呼の方からお呼びがかかるはずであるから、あえて武から会いにくるような事はしなかったのである。
 それが今日、久しぶりに呼び出しを受けたので、はたして何かあったのかと少し緊張していた。

 「悪いわね、桜花作戦の事後処理とか基地の建て直しとか色々忙しくって、アンタ達のことほっぽらかしになっちゃって。でもま、無断外泊したり結構ふらふらしてたみたいだし、羽休めにはなったでしょ? 作戦完遂のボーナス休暇とでも思ってちょうだいよ」

 「はぁ……」

 第一声が皮肉だった。
 そこには多分に「人が糞忙しい中適当に遊び歩いてやがってからに」と言う嫌味が込められている気がした。

 「部隊の再編については幾つか考えてるけど、とりあえずは御剣が戻ってからの方が都合がいいから、その時話すことになるかしらね。……もうそろそろでしょ?」

 確かに現時点では二人しかいないのだから、多少なりとも頭数が増えてから話した方がいいのかもしれないが、冥夜一人増えたところでそんなに変わるもんでもないだろうにとは思わないでもない。
 だがまぁ、彼女がそう言うならそこになにか意図があるのだろう。
 
 「そうですね。もうだいぶ良くなってるみたいですよ。暇を持て余してましたし、帰れるんならすぐにでも帰って来て体動かしたいくらいじゃないですかね」

 冥夜が意識を取り戻してから早一週間と少し。体の痛みも殆ど無くなって来た様で、案の定退屈極まりないと言う感じだった。
 先日訪れた時など、病室で素振りなどしていたし……竹刀なんて、はたしてどこから調達したのやら。

 「そ、じゃあその時にね。……というわけで、現状まだ貴方達に特別やってもらうようなことがないのは変わらないわけ」

 「はぁ……」

 そんなことを態々伝える為に呼ばれたのだろうか。
 あれか、ストレス発散に弄くる為だったりするのか。

 「話は変わるんだけど……社がさぁ、どうしてもってお願いしてくるのよ」 

 「は?」

 毎度の事とはいえ、この人の話題の転換にはついていきかねる事が多い。

 「私としては、社には引き続き私のサポートをしてもらいたくもあったんだけどね。でもまぁ、あの子が時間の大半を費やしてた仕事ももう必要なくなっちゃったし、どうやら本気みたいだから……まぁいいかなってね」

 机に頬杖をついてため息混じりに話す夕呼。

 「あの、霞が一体、何をお願いしたんです?」

 一番重要なところを口にせず話を進める夕呼に待ったをかける。
 夕呼は呆れ顔で、そのくらい判れとでも言いたげな顔でこっちを見た。
 無茶なこと言わないでほしい。霞と違って自分にはリーディング能力なんて無いのだ。

 「…………あの子、衛士になりたいんですって」

 「え……?」

 














■ALTERNATIVE NEXT ―例えばこんな結末から始まる物語―■

第三話 「初めての意志」
















 「なんだってまた、そんなことを!?」

 「さぁ? 流石に私にもそこまではわからないわよ。私が言うのもなんだけど、感情読みにくいしね、あの子。凄乃皇に乗ったのが楽しかったりしたのかしらね〜」

 思わず勢いよくなってしまった武の問いに、肩をすくめて夕呼が応える。
 確かに、桜花作戦で霞も凄乃皇に搭乗する事になったとき、霞は喜んでいた。
 「もう、ただ待っていなくて済む」と。
 武にしてみれば、それでも霞を戦場に連れ出さなければいけないことを苦々しく思っていたのだ。
 状況が状況だったことと、一緒に乗るのならまだ安心できるからと、無理矢理自分を納得させていたのである。
 それでも、専属で衛士になるともなればさながら心境は、娘が「アイドルになるから東京へいく」などとアホなこと言い出した父親のようであろうか。お父さん許しませんよ!

 「許可……したんですか?」

 「少なくともあの子は『本気』だったからね。本気でやりたいって言ってるのを、今は特にさせる仕事も無い私の所に縛り付けとくことも出来ないでしょ」

 そう言って軽くため息をつく夕呼であったが、その言葉は半分建前でもあった。
 霞の能力を考えれば、これから先もその力が必要になる事などいくらでも出てくるだろうことは誰にだって容易に想像できる。
 それでも、今現在彼女を遊ばせてしまう状況なのも事実であるし、ただ盲目的に人に従う事しか出来なかった霞が、自分から決めたことでもある。
 それには出来れば応えてやりたいと思ってしまう親心だって、夕呼にも無いではないのだ。
 武の様に、必要になったら呼べばいいことでもあるし。
 
 「そんな……だって、死ぬかもしれないんですよ……?」

 「そんなの、ここにいたって死ぬときゃ死ぬわよ。こないだ実際にギリギリのところを経験したばかりでしょ? まぁ、確率は比べるまでもないでしょうけど」

 とぼけた顔でそんな事を言う夕呼。
 そういう問題ではないだろうと武は思う。
 死が近づいてくるのと、死に近づいていくのでは全く違う。
 だが、夕呼がそれに意味など無いことをわかって言っているのだということも理解していた。
 自分だって前の時、生きる為に衛士になって死に近づくと言う矛盾に悩んだりもしたのだ。
 それにそもそも、自分に不都合があれば決してそんな事を認めはしないであろう夕呼が、そんな親心だけで霞のわがままを聞き入れるはずが無いのである。
 そこには何がしかの意図があると思った方が自然だろう。

 「そう、ですか。わかりました」

 「そ、結局はあの子の人生であの子が決めた事よ。強制命令する事柄でもなければ、引き止める権利は私にもアンタにも無いのよ。それを結果に結び付けられるかはあの子次第」

 もっとゴネるかとも思ったが、意外とあっさりと引いた武に少しだけ評価をあげて、夕呼は皮肉気につぶやいた。

 「まぁそれに、ま〜だ衛士になれると決まったわけじゃないしね〜」

 台無しだ。



















 夕呼の執務室から少し離れた一室。
 厳重なセキュリティで守られた薄暗いその部屋の、中央に位置する大きなシリンダー。
 今はもう主のいなくなったそのシリンダーの前に、霞は静かにたたずんでいた。

 霞は考えた。
 自分には何ができるのか。
 自分は何をすればいいのか。
 これまでは自分の意思など持たなかった。持つ必要がなかった。誰も、自分に意思など望んでいなかった。
 自分は言わば、人によって造られた、人が使うための道具でしかないのだと。使われるのを待っていればいいのだと思っていた。
 でも、そうではないと教えられた。あの人が、あの人達が教えてくれた。自分は自分であっていいのだと。
 最初は戸惑った。
 そんな事を言われても、生まれてからこれまでずっとそうやって来たのだ。
 それ以外の生き方なんて知らなかった。わからなかった。
 それを、あの人達は自らの行動で見せてくれた。
 そして、自分もそういう風に生きてみたいと思ってしまった。
 だから考えた。そして決めた。
 彼女が目覚めるまで、あの人を支えたい。力になりたい。近くで一緒に歩いていきたい。
 あの人はずっと、心の中で泣いていた。自分はそれをずっと覗き見していた。
 そしてあの時、声を上げて泣く彼の叫びを現実に聞いた時、そうしたいと思った。

 それが、霞が生まれて初めて持った、自分の意志だった。
 
 その判断が正しいのかどうかはわからない。
 それは進んでみなければわからない事だから。
 でも、例え間違っていたとしても、きっと自分で歩いたと言う事だけは胸を張ることができると思う。
 
 俯いていた顔をあげて、意志のこもった瞳でシリンダーを見上げる。
 その時、部屋に設置されたインターホンから、呼び出しの電子音が鳴った。





















 話が纏まったところで夕呼が霞を呼ぶと、ほどなくして本人が執務室に現われた。

 「よう、霞」

 「こんにちは……」

 片手を上げて挨拶する武。
 いることは既にわかっていたのか霞は執務室にいる武を見ても驚いた風もなく、ウサミミ型のヘッドセットをぴょこっと揺らす霞独特の挨拶を返すと、極自然に武の隣に並んで立つ。
 その小さな肩が、武の身体と触れ合う程の距離で。

 桜花作戦が終わってから、霞は武にくっついてまわる事が多くなっていた。
 武としては自分と同じく、夕呼が多忙なため邪魔したくないからだろうくらいに考えている。 
 この基地で、人見知りの激しい霞が付き合いの深い人間など、夕呼以外では自分くらいしかいないのだろうから、と。

 「とりあえず白銀に話は通したけど、構わなかったわよね?」

 「はい……」

 今自分が呼ばれる理由、それは自分の要望についての事くらいだろうと言うことを察して霞は応える。
 欲を言えば、決まるだけ決まってから自分から打ち明けたくもあったが、特に拘ることでもないだろうとそれを肯定する。
 これは自分で歩くと決めた道。武の顔色を窺う必要は無いのだから。

 「厳しいと思うけど、がんばれよ、霞」

 武が応援の声をかけてくれた。
 これはハッキリ言って自分のわがままで、彼にしてみれば自分が戦場に出ることなんて歓迎はしてくれないだろうと思っていた。
 もう自分から人の心は読まないと決めた霞だが、つい、彼の本心を知りたくなってしまう。
 人の心がわかってしまうのは辛い。でも、人の心がわからないのは恐い。
 しかし、それは人が人の中で生きていく上では当然の事で、これからの自分の進む道において、それは卑怯なことだとわかっている。……けれど、それでも弱い自分の心が折れてしまった時のために、念のため自分の周囲の人間はブロックしておいて貰うほうがいいかも知れないと思った。

 「はい……ごめんなさい」

 これから貴方には心配をかけてしまいます。 けれど、貴方の近くで一緒に歩いていく為には、これしか思いつかなかったんです。いつか他の皆さんの様に信頼をもらって肩を並べられる時まで、よろしくお願いします。
 伝わるかはわからないが、そんな気持ちを言葉に込めた。

 「いいんだ。霞の気持ちはこの前の作戦で嫌と言うほど理解できちまったからさ。だから、がんばれ」

 ただ待つということ。それがどれだけ辛いのか。
 凄乃皇の中で何もできずに皆を待っているだけだったあの時、あの無力感は想像を絶するものだった。
 いつだったか、待つ事が自分の戦いだといった老婆がいた。今なら、その強さを素直に認める事が出来る。
 自分ではとてもじゃないが耐えられない……と思う。それを霞にだけ強要する事はできはしないのだ。

 「はい」

 背中をおしてくれる言葉が嬉しかった。
 自分の進みたい道を認めてくれた事が嬉しかった。
 だから霞は、精一杯胸を張って、がんばると約束した。

 「……あれ? ところで、霞の教官ってどうなるんですか?」
 
 ふと気づいた疑問を、武は夕呼に問い掛けた。
 そう、A-01の隊員達を育ててきた神宮司まりもはもういないのだ。
 誰か新しい教官が来るのだろうか。
 それはそれで、仕方ないとはいえ少し引っかかるものがあるのも確かであった。

 「なに言ってんのよ。アンタがやるに決まってんじゃない」

 「………………はい?」

 何を言われたのか理解できなかった。
 なにをやるって? 誰が? 俺が? なにを? 教官? なんの? 霞の? 俺が? …………。

 「マ……マジデスカーーー!!?」

 「あのねぇ、A-01の機密性はわかってるでしょう。そうホイホイと外から人連れてはこられないのよ。それに、考えてみなさい。今この基地にいる衛士の中で、間違いなくアンタは一番長く衛士をやってるのよ? ホラ、適材適所でしょうが」

 確かにループして繰り返した事を考えれば長い、のだろうが……だからといって人に教えられるかと言えば激しく微妙であると思うのだが。

 「なによ、今回はちょこちょこと訓練に口出したりしてたそうじゃない。なら、どう教えればいいかくらいわかるでしょ」

 確かに……確かに今回は207の皆の訓練を効率的にしようと口を出した。
 以前と違ってそういうことを認められるくらいの実力は示していたから。  
 しかしそれとこれとは……

 「……よろしくお願いします」

 霞にまでよろしくされてしまった。
 驚いた様子も無いところからすると、霞は事前に知っていたと見える。 

 「むぅ……わかった……。でも、教える事はともかくとして……俺、訓練教官としての仕事のノウハウなんて知りませんよ?」

 「ああ、大丈夫よ。なにもまりもみたいに専業になれってんじゃないわ。あくまでも臨時的処置。だから別に、アンタも軍曹になれなんて事にはしないから。社の場合、立場も知識もちょっと特殊だしね」

 なるほど、そういうことなら。と武は承知する。
 207の様に正式な訓練部隊と言うわけではなく、あくまで個人的に学んでテストを受ける感じだろうか。
 元々夕呼直轄のA−01と、夕呼直属で働いていた霞である。その辺はどうにでもなるということか。
 総戦技演習などどうなるのかわからないが、その辺は夕呼達が考えることだろう。

 「どうせ暇なんだから、涼宮と御剣にもいろいろ教えてもらえば良いわ。随一の操縦技術の持ち主と部隊で1・2を争う近接戦闘技術の持ち主、それにリーダーとして申し分の無い素質の持ち主。贅沢極まりない英才教育になるわね〜」

 なんだか楽しげにそんな事を言う夕呼である。

 「はぁ……まぁそれじゃ、よろしくな、霞」

 なし崩しに決められてしまったような感じもしないではないが、霞に協力する事については吝かではないわけで。それなら出来るだけの事はしてやりたいと思うのは確かだ。
 霞に向って右手を差し出す。

 「はい、よろしくお願いします」

 ちっちゃな霞の手が、しっかりと武の手をつかんだ。

























 「と、いうわけなんだよ」

 「へぇ……。白銀に教官なんて、香月博士も無茶なことするわねぇ」

 その日の夜、武はPXで茜と食後のお茶しながら今日のことを話していた。
 あの後、霞は武達が使っていた訓練兵用の宿泊エリアに移ることになり、その引越し作業を手伝ったり、ピアティフ中尉から教官用の教本などを受け取ったりして今に至っている。
 色々あって疲れたのか、霞はすでにお休みである。

 「ほんとになぁ……。まぁ、俺だけじゃなくてお前や冥夜も教えるんだけどな」

 受け取った教本を軽く読み流しながら、隣の席からそれを覗き込んでいる茜に武が応える。
 基本的に書いてある事は生徒用のものと変わらないが、こちらには教える上での注意事項などが赤字で印刷されていた。

 「私達だって正規兵になってからまだたいして時間たってないのにね。それが後輩に教える事になるなんて……」

 「人手が足りないのはどこも一緒ってか。せめてもの救いは、霞の場合あんまり座学には拘る必要はないだろうってことだけど」

 それなりの長い時間、霞は軍の中で働いていたし、しかも夕呼直属ということで、一般の訓練兵に比べれば既に比較にもならないほどの知識を有している。
 元々頭のいい娘でもあるし、座学で苦労するような事は無いだろう。

 「そうだね。でもそのかわり、体力的な方には問題あり過ぎなんじゃないの?」

 「まぁな……。そこは霞のがんばりに期待するしかないんだが……」

 まぁそれも、ボチボチやっていけば自然に強くなっていくだろうと、武は割と楽観視していた。
 武だって初めて前のこの世界に来た時はナヨナヨの軟弱男だったのが、やむを得ずとはいえ続けてるうちに何とかなったのだから。

 「それよりも、霞が気の毒なのは一人きりってことだな。なんだかんだでやっぱり俺たちは、仲間がいた事がいろんな救いになってたから」

 前の世界でもこの世界でも、結局は苦楽を共にした仲間がいたからこそがんばってこれたのだ。
 任官してしまえば武達が霞を受け入れる事に異存は無いが、どちらかと言えば訓練兵時代にこそその存在は大きいのではないかと思える。
 もちろん任官後も仲間というものが非常に大切なのは言うまでも無い。だが、任官する事そのものが、軍人としての色々な心構えの下地が出来たと言うことでもあり、その後は人事の異動などで周囲の状況が変わっても対応できるのだ。
 むしろ、普通の人間から軍人への改変に翻弄される訓練兵時代にこそ、一緒に悩み、笑い、苦しみ、励ましあう仲間の存在が必要なのではないか、と。
 それに、207Bもそうだった様に、仲間の中での人間関係自体も訓練なのだから。

 「そうだね……。その辺、やり方を良く考えてあげないといけないかもね……」

 茜もそのあたりには賛同するようだ。
 訓練を始めるまでにはまだ数日あるが、その間に色々と考えるべきことは多そうだった。

 「そういえば涼宮、お前の怪我の方はどうなんだ? この前、そろそろ包帯も取れるようなこと言ってたけど」

 ふと思い立って、隣で自分を見上げている茜を見る。
 三角巾こそしていないが、その右眼は未だに包帯に隠れているし、左腕もギプスはついたままだ。
 まぁ、今も両手で湯のみを持っているし、割と普通に動かしてはいるから、もうさほど問題は無いのであろうことは見て取れるのだが。

 「ああ、うん。実はね、明日にははずしてもらえる予定なんだ。その後はリハビリがてらにぼちぼち身体を動かしながら経過を見て、問題なければ完全復帰って感じかな」

 「そうか、良かったなぁ。冥夜も近いうちに戻ってこれるみたいだし、やっとヴァルキリーズが少しづつ復活し始める感じだな」

 とはいえまだまだ、部隊として活動するには人数が少なすぎるのではあるが。

 「うん。あとは宗像中尉と風間少尉が回復するのを待って、社が入隊してくれるのを待って……」

 宗像中尉と風間少尉は、一度意識は戻ったらしいがまだ面会はできない様だった。しかし、着実に回復に向っている事は確かで、あとは一日も早く復活してくれるのを願うだけだ。
  
 「それと……」

 「ん? まだ何かあるのか?」

 武の知る限りではそれで全部のはずだった。
 それ以外に何かあっただろうかと色々振り返ってみるが、特に思い当たる節はない。だがまぁ、あまり自分の記憶力に自信は無い武である、うっかり忘れている事があっても不思議はないだけに確認しておかなければならない。

 「……ううん、こっちの話。お茶、おかわりいる?」

 「そうか。ああ、いや、いるけど、自分でやるからいいよ。いくら直りかけったって、こんなこと怪我人に態々させる訳にもいかないだろう」

 最近わかったことであるが、茜は何気に人の世話を焼くタイプのようだった。
 今もこうして、武の湯のみが空いている事に逸早く気づいて気を使ってくる。
 そのあたり、純夏と近いかもしれないなどと思う武だった。
 委員長は言わずもがなの世話女房タイプだったし、委員長と茜は既に親友だが、もしかしたら3人でも意外と気があったりしたのではないだろうか。
 そこまで考えて、武の過去の恥部を全て知っている純夏に、武の天敵でもある委員長、そして委員長と同じ部類っぽい茜……。そんな3人が結託したら自分がどうなってしまうのか、恐ろしい想像が出来てしまい考えるのをやめた。……なんか、そんな結末も過去に体験した事があるような気もしたが。

 「いいのいいの。これもリハビリの一環だよ」

 何が嬉しいのかニコニコしながら自分と武の、二つの湯飲みをもって立ち上がる茜。
 そう言われてしまっては武としては断る理由が無い。まぁ、こんなことで意地を張っても仕方がないし、素直にお願いする事にした。

 茜とはこの2週間あまりで随分距離が近づいたと思う。
 部隊の人数が減った事で――実質二人しかいなかった訳だが――必然的に一緒にいることが多かったから、近くならないとやってられないというのもあったのだが。
 茜の方も率先して、自分や冥夜と距離を近づけようとしている風が見て取れた。
 かといって、茜が無理して合わせてくれているという訳でもなく、上手くやっていけているのではないかと思う。

 おばちゃんからお茶を受け取り、トレイにのせ戻ってくる茜を眺めながらそんな事を考えていた。
 しかしながら、もう殆ど直っているとはいえ、その右眼はまだ包帯の下なのであり。そして。


 「きゃっ」

 案の定と言おうか、席に辿り着く直前に、武の背後の席から立った人が視界に入っていずぶつかってしまった。

 「おっと」

 怪我人ということで多少なりとも注意を払っていたのが奏したか、武は咄嗟の判断で、よろける茜よりも、湯飲みをひっくり返して火傷でもする方が危険な気がして、トレイの上の湯のみ二つをさっと取り上げた。
 茜もそれを察して、トレイは気にせず転ばないようにふんばろうとして。

 ぎゅう。

 しがみついた……と言うより、抱きついたのは、武の身体だった。

 「…………」

 「…………」

 何となくそのまま固まってしまう武と茜。

 「失礼。ごめんなさいね、不注意だったわ」

 茜にぶつかった国連軍の制服姿の女性が謝罪してくる。
 さり気に襟元の階級章をみると、中尉階級の人のようだ。

 「でも、まんざらでも無いみたいね。ちょっとうらやましいかな、基地の英雄さんといい仲なんて」

 二人を見ると中尉は、どこか暖かい微笑でそんな事を言って来た。

 武は今や基地内では顔を知らぬ者はいないであろう程の有名人でもある。
 一般的には武がどこの部隊に所属していてどんな任務をこなしているのか等は、A-01の秘匿性から公表されてはいないが、同じ基地内にいるのであれば、極秘部隊とはいえその存在はおぼろげ程度には判ってしまうものである。
 そして武が桜花作戦を成功させた本人である事は、大勢の人間が見守る中で帰還したシャトルから降りてきた事もあって隠し様も無い事だった。
 そのうえ武の名前は、新OS「XM3」の発案者として公表もされていたし、その有用性がわかってくると共にその名もさらに広まっていった。
 名前だけなら基地内どころか、日本の端――九州防衛線でさえ噂程度には知れ渡っているだろう。

 閑話休題

 さて、中尉から頂いたそんな言葉に現状を認識した茜は。

 「わっ、わわっ」

 慌ててわたわたと、しがみついていた武の身体からはなれた。
 その顔は真っ赤に染まっている。
 大きかった……と思う。それに何より、鍛え上げられた男の体の頼もしさがあった。
 否が応でも自分の中の女の部分が刺激されてしまい、さらに顔の熱が上がるのがわかってしまう。

 「ふふふ」

 「い、いえ、あああ、あの、そのっ、私と白銀はっ……そんなんじゃないですからっ」

 そのあまりにも初心な反応の可愛らしさに、つい笑いをこぼしてしまう中尉の女性。
 それに対して、体の前で両手をふりふり、必死に否定する茜である。

 「そうですよ。それにコイツ……涼宮少尉にも俺にも、好きな人がいますから、ね……」

 「え?」

 が、武の方はこうやって周囲の人間に弄られるのも既に慣れたものなのか、さほど動じる事もなく応える。
 そしてその中に含まれた言葉に、茜は少し面食らった。

 「あら、そうなの? でも……はぁ……命短し恋せよ乙女。若いっていいわねぇ……」

 私にもそろそろ春がこないかしら……、なんて言われてもまだまだ人生若輩者の二人に応える言葉などあるわけが無い。
 そんな感じで二言三言会話した後、その中尉は改めてぶつかった事を謝罪してから去っていった。
 何となくため息をついてしまう二人だった。
 武は持っていた湯飲みをテーブルに置いて席へと座りなおす。

 「白銀、さっきのあれ、どういう事?」

 その隣に腰をおろしながら、茜は先ほどの武の言葉を問いただす。

 「ん? どうかしたか?」

 「さっき言ってたでしょ。白銀にも私にも好きな人がいるって……。白銀の事はともかくとして、私は別にそんな人いないのに……誰がそんな事言ったの?」

 白銀と鑑のことは、直接本人たちから聞いたわけではないが、二人の間柄を見れば誰にでもわかる事ではあるのでそれはいい。
 しかし、自分に対して事実無根な話をされては困ってしまう。どこの誰がそんな事を抜かしたのか突き止めなければいけない。……まぁ、突き止めたところでその犯人をとっちめる事は恐らくもうできないのであろうが……。

 「あれ? そうだったか? なんか、そんな風に記憶してたんだけど……勘違いだったかな。悪いな、適当な事言っちまって」

 まだ別世界から流入した記憶がキチンと関連付けされずにいたのかな? などと仮説を考えつつ謝る武。

 「でもまぁ、それで要らぬ詮索も受けないで流せたんだからさ」

 「そうだけどさ……」

 武の言うとおり、特に何か問題があるわけではないのだが、それでもなにか釈然としないものがあるのも事実だった。
 根も葉もないことを言われたからなのか、武があっさり自分を否定したからなのか、自分だけがわたわたして武が至極平然としていたからなのか、理由はよくわからなかったが……。
 その後、二人でさらに霞用の訓練計画の打ち合わせをした後、それぞれの自室へと戻った。


















 その日、御剣冥夜は自分の気持ちが弾んでいるのを自覚していた。

 今日は退院の日。やっと基地に戻れるのである。
 自分がそれほど落ち着かない性格だとは思っていないが、数日程度ならならともかく、二週間あまりもやる事もできる事もなく休みつづけるのは流石に堪えた。
 そして何より、これでようやくあの男の近くにいられるのである。
 それなりに足繁く見舞いに通ってくれてはいたが、それでも毎日というわけにはいかなかったし、顔を合わせる時間も長いものではなく、やはり帝都と横浜基地の距離は遠く感じた。
 しかし、そんな心を自覚する反面。

 「いや、別にそれがどうしたというわけではなのだ。そう……そうだ、あの男は目を離していると何を仕出かすかわからんから、近くで見張っていないと心配なだけだ。別段それが寂しいとかそういうわけでは……」

 などと、既に愛の告白までしてしまっているくせに今更なにを……というような弁明をしてみたりする。
 部屋には自分一人しかいないのに。

 まぁ、そんな乙女心MAXハートはとりあえず置いておいて、国連軍制服に着替えを済ませ、あの日肝に銘じた身嗜みも整え、荷物もまとめて帰還準備完了である。
 と、丁度そこへ扉をノックする音が響いた。

 「おっす冥夜。迎えにきたぞ〜」

 入室を促し入って来たのは、現在冥夜の乙女反応炉のODLである白銀武であった。
 別に先ほどの独り言を聞かれたはずも無いのに、なんだか気恥ずかしい冥夜である。

 武はベッドの傍らに立つ冥夜の前まで歩み寄ると右手を差し出し言った。



 「なによりまず、退院おめでとうな、冥夜。本当、良かったよ、大事なくて」

 「……うん、ありがとう、タケル。そなたには、なにかと面倒をかけてしまったな……そなたに、心よりの感謝を」

 冥夜もその右手をとり、グッと握手をかわす。
 そこには入院中のことだけではない、訓練兵の時から桜花作戦まで含め、万感の想いを込めて礼を述べた。
 冥夜達の中心にいたのはいつも武だ。
 武がいなければ、それこそ207は未だに任官すら出来ていなかったかもしれない。
 もしそうであったら今ごろこの世界はどうなっていたのか、想像する事もできない。したくない。
 しかし、武にはその言葉を素直に受け取る事ができない気持ちもあった。

 「俺は何も出来てやしないさ……俺の方こそ、お前達に迷惑かけっぱなしだったんだから」

 確かに人類の寿命はわずかに延びた。
 しかし、自分が本当に望んだことの殆どを取りこぼして、かろうじて一つ、取り上げる事が出来ただけ。それも自分自身がどうこうしたわけではなく、全ては純夏が手繰り寄せた結果。
 オリジナルハイヴを吹き飛ばしたのも、冥夜を助けたのも、純夏。自分は何もしていない。見ていただけ。そしてその純夏を守る事すら出来なかった。
 そんな自分が、彼女からの謝辞など受け取れようはずも無いと。

 「それは違うぞタケル。それでは駄目だ」

 ふと厳しくなった声と、握る腕にこもる力に武が俯いた顔を上げると、冥夜の苦々しい表情があった。

 「それはそなたを想い、散っていった皆に対する侮辱だ。そなたは私達の中心。そなたがいたから皆、自分の持てる以上の力を発揮できたのだ」

 それは紛れも無い事実。
 言ってしまえば、皆の武を想う心こそが今を作り上げたのだ。
 武を想うからこそ、神宮司軍曹の死を抱えたまま単身特殊任務に赴いた武に負けまいと、それぞれが12.5事件で背負った重石を持ち上げる事が出来た。
 武を想うからこそ、想い人が笑っていられる世界を造りたいと、その身を捧げる事が出来た。

 「こういったものを『カリスマ』と言うのか……世の歴史にはそうして人々を、世界を動かした偉人達が数多くいた。そして確かにそういう立場と言うのは己の力を自覚しにくいかもしれない。だが、タケルがいなければ今のこの、街行く人々の笑顔は無かったはずなのだ」

 冥夜は窓に寄り、帝都の街へとその腕をかざす。
 それは、冥夜がこの病室で目覚めた日に感じたこと。
 散っていった仲間に、誇って欲しいと思った事。

 「だから、己を責るな、タケル。このような事、衛士の弔いとして既に理解していたはずであろう?」

 武は、頭を殴られたような思いだった。
 そう、そんな事はとうに理解していたはずだった。
 それなのに、わかったつもりになりながら、純夏に全てを背負わせてしまった負い目が、背負わせてもらえなかった悔しさが心を曇らせていた。
 そうなのだ。これは、みんなが出来る限りの力を出し切って、己の手で掴み取った未来なのだ。それを自分が貶めるとは何事だ。
 もちろん、それで全て納得できるなどという事はない。だが、少なくとも皆を誇る事はできる。そうだ、これは誰かに与えられたんじゃない。皆が自分の力で掴み取ったのだ。
 武はなにか、胸の中のもやが晴れるような気がした。

 「そう、だな。そうだよな。ったく、なにやってんだろうな、俺。あ〜〜、すげぇ馬鹿、ホントバカだ。わかってたはずじゃんか」

 「ふふふ。あまり自分を馬鹿バカ言うでない……しかしまぁ、あながち間違いでもないか」

 憑き物が落ちたような顔でそういう武に、冥夜は軽く笑って言った。

 「ちぇ、きっついなぁ。でもさ、それだと俺って、いるだけでいいってことになっちまうような気がするんだが」

 それは冥夜の言葉に何となく感じた疑問だった。

 「なに、人の中心になる者と言うのは得てしてそんなものかもしれぬぞ。もちろん、色々な責任と義務も生まれるがな」

 「ふ〜む……でも、あんまり俺には性にあわなさそうだ」

 かもしれぬな、と、冥夜はもう一度笑った。

 「もしまた対面する事叶う機会があったなら、将軍殿下にでもその辺りの事伺ってみるといいやも知れぬぞ? あの御方など、今の話の最たる人物であろう」

 「なるほど……といっても、また会える可能性なんてあるのかね……」

 何しろ相手は一国の実質トップである。
 一介の軍人少尉でしかない武などが早々会えることなどあるとは思いにくい。

 「どうであろうな。しかし、桜花作戦の英雄でもあるそなたなら、叶わぬ事も無いかも知れぬぞ?」

 将軍殿下も武の事はなにか気にかけていたようであるしな。
 口には出さず冥夜はそう心に続けた。

 「そう言ってくれるなって。そんな肩書き、俺には荷が重過ぎるさ」

 「ふむ。人それぞれ、か」

 冥夜にしてみれば、武にこそそう呼ばれるだけの資格が、素質があると思ってしまうところだが、些か身内贔屓な面も否定できず、別に押し付けるようなことでも無いと、あえて言うことはしなかった。
 それこそ本当に武がそういう存在なら、いずれ必然的に背負う事になるのだろうと。

 「ところで、今日は涼宮はどうした? 姿が見えないようだが」

 いつも武が見舞いに来てくれる時には一緒に来てくれていた茜の姿が見えないので、何かあったのかと少し気になった。

 「ああ、あいつは今回はお留守番……というか、霞の方をお願いしてるんだ」

 「社? 社がどうかしたのか?」

 冥夜にとって霞も今や、共に桜花作戦を戦った立派な戦友であると考えている。
 その身に何かあったのなら、それこそこんなところで立ち話してる場合ではないだろうと、武に問う。

 「いや、特に何かあった訳じゃないから慌てるなって。実はな……」

 武は数日前に持ち上がった、霞の訓練の事を冥夜に語る。
 訓練自体は既に昨日から始まっていて、とりあえず座学で霞の知識を確認している事。
 今日は冥夜の迎えに来る為にそれを茜に任せてきた事。
 もっとも、特に任せるまでもなく、座学に関しては茜の方が適任だったのは言うまでも無い。

 「……なるほどな、そういうことか。社が正式に任官を目指す、な……」

 腕を組み、顎に手を当てながら難しい顔をしている冥夜。
 意外、といえば意外ではある。
 しかし、霞の心情が、冥夜が何となく感じている通りであるならば、わからない話ではないとも思った。
 彼女も、自分たちの中で武にだけは良く懐いていたわけであるし。

 「正直な話、最後までいけるかどうかは難しい気もするんだけどさ。でも、霞の決心は本気だったから」

 「そうか……。だが、うん、良いではないか。そういうことなら私も協力する事に異存は無い」

 目的がなんであれ、がんばろうとしている者の背を押すことに何の躊躇いが必要か。
 ひいてはそれが自分たちのプラスになる事も間違いはないのだし。
 冥夜としては霞の武への懐き様に少々引っかかる部分が無いわけでも無いが、それはそれ、これはこれだろうと自分を納得させる。
 
 「そう言ってくれると助かる。もっとも冥夜も霞に教える事は既に決定事項だったけどな……。っと、あんまり長話してても仕方ないよな。とりあえず行こうか」

 「そうだな。久しぶりの我が家へと帰るとしよう」

 冥夜の台詞に武は「ああ、元ハイヴのすっげぇ我が家へな」と笑いながら、まとめてあった冥夜の荷物を手に取り、病院を後にした。
























 「退院おめでとう、御剣。そして、おかえりなさい」

 「おかえりなさい」

 タケル達が横浜基地へと帰りつき、荷物を置いてPXへと向うと、今日の授業を既に終えていた茜と霞が迎えてくれた。
 先に帰還の報告を夕呼にしにいくべきかとも思ったが、武が連絡をとったところ、「明日時間を作って知らせるから、こっちからの連絡事項も含めてその時まとめて聞くわ」と早々にあしらわれてしまったので、既に食事の時間でもあるしPXへと向ってきた次第である。

 「うん、ありがとう涼宮、社。色々と面倒をかけたな。涼宮も包帯が取れたようで何よりだが……その目はまだ本調子ではないのか?」

 茜は腕のギプスも外れ、右眼の包帯も取れてはいたが、いまだその右眼は眼帯の下だった。

 「ううん、大丈夫。もう問題はないんだけどね、やっぱりまだ腫れちゃっててみっともないから、ちょっとね」

 少し恥かしそうに、右眼を眼帯の上から弄りながら茜は説明した。
 眼帯をはずすとちょっとした四谷怪談な風体になってしまうのだ。
 包帯が取れたその日、鏡で見て少し凹んだのは内緒である。

 「そうか、ならば良いのだが」

 とりあえず立ち話もなんだろうと、食事をしに来たのでもあるし席につこうとして、冥夜は小さな現実を突きつけられる事になった。
 カウンターで食事を受け取って席に戻ってみれば、そこには先に席についた武、茜、霞の三人。
 それ自体は別に問題も無い。ただ、その座っている場所が問題だった。
 茜と霞が座っているのは武の両隣だったのである。

 『なぜだ。なぜ4人いて3人が横並びに座る必要がある。しかもなんだ、その……両隣に座る二人の、タケルとの距離が少々近いような。確かに私は以前から武の正面側に席を取っていたが、これでは些か妙な光景になってしまうのではないか。もしや、私のいない2週間の間にそれほど3人の仲は進展しているのか……』

 しているのです。

 もっとも霞はともかく、茜は最初に武と食事を取った時に空いてた席が隣同士だった為、その後も何となくそのまま座ってしまっているに過ぎなかったのが、これはこれで居心地が良いような気がしてきて今に至っている程度なのであるが。
 それに、等の武自身がその辺り何も意識していないのだから実際にはたいした問題も無いのだが、恋する乙女としては気にせざるを得ないというものだ。

 そんな、自分たちを見ながら席の前でボーっと立ち尽くしている冥夜に、武は不思議に思って声をかけた。

 「どうしたんだ? 冥夜。ボーっとして」

 「え? ああ、いや、何でも……ない。少し、考え事をしてしまっていた」

 気にはなる。なるが……だからといってなんと言えばいいというのだ。
 それに、事は自分だけの問題ではない。今、武があの時の自分の告白をどう考えているのかはわからないが、変に穿り返せばただでさえ鑑の現状がある今、きっと武には相当な負担をかけてしまう。そんな事は到底望むところではない。
 これは鑑の目が覚めてから、正々堂々と決着をつけなければ行けない事なのだ。例え既に結果がわかりきっている勝負だとしても。
 そう考えて冥夜は、何も言わずに今までどおり、武の正面の席についた。

 だが、とりあえず茜と霞の行動には、細心の注意をはらわねばなるまいと、心のノートにチェックだけはしておく冥夜だった。




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