「御剣冥夜少尉、負傷療養より帰還いたしました! これをもって原隊復帰いたします!」

 冥夜が横浜基地に帰ってきて一夜明けた次の日の昼、夕呼に「時間作ったから30分後にミーティングルームに集合しなさい」と言われ、武、冥夜、茜の三人はA-01が主に使っているミーティングルームに集まっていた。
 そして、5分ほど遅れてピアティフ中尉と共に部屋にやって来た夕呼に対し開口一番、敬礼しながら冥夜はそう告げた。

 「はいはい、お帰りなさいね。五体満足で何よりだわ。とりあえず、座っていいわよ」

 夕呼は冥夜の畏まった態度に辟易しつつ、それでもこの娘にそのあたりを言っても白銀のようにはいかないだろうと諦め、全員に座るように促した。
 いったい何が始まるのかと、少し緊張しながら武達は席につく。
 座る時につい昨日の出来事を思い出してしまった冥夜だが、こういう場でなら特に躊躇も必要ないし、今は霞もいないので気を使う事も無いと、武の隣に座る。

 「あんまり時間も無いから手短に行くわね。まずは、白銀と御剣」

 「はっ」

 「は、はい」

 名を呼ばれまた立ち上がる冥夜と、それを見て「おっと」と慌てて続く武。
  
 「二人には辞令が出てるわ」

 「辞令、ですか?」

 『辞令』といわれて武が思い浮かべたのは、元の世界で読んでいた漫画などにたまに出てきた「右の者、○○支社への転勤を命ずる」などという張り紙だった。
 そのため、どこかこことは違う場所に転属になったりするのかと、一瞬ドキリとしてしまった。

 「そう、二人とも本日付で昇進よ」

 「なっ!?」

 「昇進!?」

 武は言わずもがな、これには流石の冥夜も驚きを隠せなかった。
 なぜならA-01はその秘匿性もあって、出来ないわけではないが、基本的には昇進する事が難しいからだ。
 現に、普通戦死者に対しては相当な不始末でも無い限り二階級特進が送られるものだが、これまでA-01で散っていった仲間達にはそれすら与えられていなかった。
 死亡報告だけは家族などにしなければならないが、隊の性質上それは何であれ事故死扱いになり事実は告げられない。そしてそこに二階級特進と言うのはありえないからだ。
 これについては以前に基地司令自らが頭を下げていることでもある。
 それとこれとは別の話であるとも言えるが、それがここに来て突然の昇進。しかもそれを受ける二人はまだ任官して幾許もしていない、部隊の中でも一番の新米なのだ。驚くなという方に無理があるというものだ。
 そして、二人が落ち着くのを待って、夕呼は先を続けた。

 「御剣は、桜花作戦での功績を評価して中尉に。白銀は同じく桜花作戦の功績と、XM3の考案。それからオルタネイティブ4への貢献を評価して、大尉への二階級特進よ」

 「た、大尉!?」

 「マジですか!!?」

 あまりの事に素っ頓狂な声を上げてしまう二人。
 茜に至っては驚きすぎて声も出ないようだった。

 「こんなことで嘘言っても仕方ないでしょう? マジよ、マジ」

 「しょ、正気ですか……」

 事態についていけずなんとも失礼な事を口にする武。
 しかもそれは、遠まわしに自分で自分を馬鹿にしている台詞である事にも気づいていない。

 「なによ失礼ね。アンタが前に言ってた『自分の意見を聞かせるための権力』ってやつを少しばかりあげたんじゃないの。素直に喜んで欲しいものね」

 そう言われて武は思い出した。
 今のこの二度目の世界に来て、再び207に配属された時に、任官を少しでも早めようと考えてそう夕呼に口にした事を。
 自分で言っておきながら、事態に翻弄され続けているうちに完全にそんな事はどこかへ行ってしまっていた。

 「確かに、そうでしたね……でも、大尉って……」

 あの頃はまだ、階級というものを全くといって良いほど理解していなかったと思う。
 だが、実際に任官して、先任の上官達を見て、さらには自分で小隊長など経験してきた今ならわかる。その重みというものが。
 特に大尉といえば、あの伊隅みちると同じ階級なのだ。自分があの人と肩を並べるなど、正直ありえないと思う武だった。
 自分など、まだまだあの人の足元にすら辿り着いていないと……。
 
 「まぁ、今言った昇進の理由は、半分は建前よ。もう半分はA-01を建て直すためのやむを得ない処置と、あとは組織の都合だと理解してちょうだい」

 「組織の都合?」

 「そ。まぁ想像は出来ると思うけど、色々あるのよ、裏ではね」

 …………多分、これは相当なぶっちゃけトークなのではないだろうか。と、武は思った。
 それが証拠に、冥夜と茜の目が点になっている。

 「じゃあ、部隊を建て直すやむを得ない処置って言うのは……?」

 「あのねぇ、少しは考えてから聞いてる? 3人しかいないとはいえ、全員少尉のままじゃ隊長や副隊長どうするのよ。それはまだいいとしても、他の場所に行った時に『A-01には少尉しかいません』じゃ極秘計画直轄部隊としては示しもつかないってものよ」

 そう言われれば、そんなものかも知れないと武は思った。
 適当な部隊なら、今のような状況で少尉が隊長をやったところでどうということも無いのだろうが、流石にA-01はオルタネイティ4に内包された特殊部隊だ。その隊長が少尉の小僧小娘じゃ、周囲に対する印象もあまり良くは無いだろう。
 最低でも中尉階級であれば、それは部隊を、部下を率いる為の教育を受けたということでもあるし。
 逆に考えれば、武のような小僧が大尉ともなれば、それはそれだけの何かがあるというハッタリにもなる。もちろんそれなりの功績も残しているわけだから、説得力も無いわけではない。
 さらに言えば、桜花作戦成功の立役者として奉られてしまっている武を昇進させる事は、武を英雄視している人間への景気付け、プロパガンダにもなるだろう。
 確かに、ざっと考えただけでも、そこには有益となることが多いと理解できる。
 と、そこまで考えて武は一つ、夕呼の説明に含まれる重大な事実に気がついた。
 
 「え、大尉って、それってまさか……ヴァルキリーズの隊長に……」

 「気づくのが遅いわよ。そう、アンタがA-01の隊長。どうする? 白銀ヴァルキリーズとでも改名しちゃう?」
 
 ぼーぜんと立ち尽くす武と、武が翻弄されるのが楽しくて仕方ないのか、満面の笑顔でそんな事を言う夕呼。
 間違いなくここ最近のストレスを今ここで発散している。
 考えてみれば、神宮司まりもがいなくなってしまい、夕呼がこうやって弄って発散できる相手も殆どいなくなってしまったのだろう。
 弄りやすさでは元々武は極上でもあるし。

 「そんな、俺が……ヴァルキリーズの隊長なんて……」

 正直言って全く自信が無い。
 伊隅みちるの存在が、大きくプレッシャーとなって圧し掛かってくる。
 自分には、あれほど的確な判断能力は無い。
 隊員達一人々に細かく目を向けるような気配りも出来ない。
 自分が一つ間違えれば部下が死ぬかもしれない。そしてこの場合、それは冥夜や茜……ひいては霞になるかもしれないのだ。
 そんな重責、自分に耐えられるとは到底思えなかった。

 「良いではないか、タケル」

 俯いて考え込んでしまった武に、冥夜がそう声をかけた。

 「確かに、リーダーとしての資質は涼宮の方が上かもしれぬ」

 「へ、私?」

 予期せぬところで突然話を振られ、間抜けな声を出してしまう茜。

 「しかし、人を纏めるという意味ではタケルはふさわしい、と私は思う。先日も言った事ではあるが、そなたがいたから207Bはチームとして纏まったのだからな」
 
 昨日病院で話した事を思い出す。
 だが、それで簡単に納得できるような問題でもなかった。
 逆に、気楽にそんな事を言ってくる冥夜に怒りすら湧いてきてしまう。

 「…………簡単に、言ってくれるなよ……」

 ついそんな、棘のある言葉が口をついてしまう。
 しかし、そのような武の心中はお見通しだといわんばかりに、冥夜は続けた。

 「大丈夫だ、タケル。隊長だからといってそなたが一人で全て背負う必要はないのだ。何のために私や涼宮がいる。タケルが至らなさそうな事は私たちがフォローすれば済む事ではないか。私たちとて、全てタケルに押し付けて後ろでのほほんとしているつもりはないのだ」

 「…………っ!?」

 冥夜のその言葉に武は、自分を殴り飛ばしたかった。
 隊長をやれと言われただけで、全てを背負わなければいけないなどと思い込んだ自分の自惚れに本気で腹が立った。
 こうも簡単に仲間の存在を蔑ろにしてしまうなんて、馬鹿にも程がある。
 「他人事だと思って気楽に言ってくれる」なんて、お門違いの怒りを浮かべて、本当に情けない。
 冥夜がそんな奴じゃないなんてことは、骨身に染みるほど理解していたはずではないか。
 そう、さっき夕呼は言っていた。「半分は建前だ」と。
 それならば隊長だって建前で十分だ。お飾りで結構。自分に人をまとめる力があると言うのなら、自分はそれを受け持てばいい。それ以外の事は冥夜達に協力してもらえばいいのだ。
 もっとも、ずっとそれでも情けないので、いずれはしっかりと皆を受け止められるだけの人間になりたいものだが。
 みちると歳が並ぶまでまだ5年ある。何とかそれまでには胸を張ってみちると話ができるようになろう。
 武は全てを理解し、俯いていた顔をあげた。

 「わかりました。やらせてもらいます」

 「お願いね。まぁ、しっかりやってちょうだい」

 多少は成長したかと思えば、自分以外の生命が絡んでくるとまだまだ甘っちょろいものね。と、多少呆れる夕呼である。
 だがしかし、それを少しうらやましいと思う気持ちもあることに、自分も白銀に毒されて来てるのかと、そして両手どころか全身血に塗れた自分が今更何をと、皮肉な笑顔を浮かべる。
 それが、武が周囲を惹き付けている理由のひとつでもあり、以前に武から聞いた、向こうの世界の自分が唱える「恋愛原子核」とか言う要素の一部なのかも知れないが。
 
 「で、副隊長は御剣にお願いするわね」

 「はっ。謹んでお受けいたします」

 再び敬礼しながら躊躇いなく受領する冥夜。
 本来なら冥夜も自分で口にしたように、リーダーの資質を持った茜が副隊長の方が良いのだろうが、ここはおそらく階級の問題でもあるだろう。
 今この状況では、それこそ副隊長など名前の上でしかないのだし、あってないようなものだ。その都度茜にも協力してもらえばいいのである。
 その後、夕呼が傍らのピアティフに指示すると、ピアティフは武と冥夜に辞令書を手渡した。
 これで正式に武は大尉に、そしてA-01・ヴァルキリーズの隊長に。
 冥夜は中尉に、そしてヴァルキリーズの副隊長になったのだ。

 「はい、これでとりあえずひとつは片付いた、と。それじゃ次の話なんだけど……A-01に二人、メンバーが帰ってくるわ」

 「え!?」

 三人の驚く声が、ひとつになった。



















 ■ALTERNATIVE NEXT ―例えばこんな結末から始まる物語― ■


 第四話 「帰ってきた二人」


















 「まさか……」

 茜には何か思うところがあるのか、そうつぶやいた。

 「そのまさかよ。ほら、入ってらっしゃいな」

 夕呼がそれを肯定し、部屋の外に向って誰かを呼んだ。
 それを受けて扉が開き、制服姿の女性が中に入って来た。

 「や〜香月博士ぇ。ちょっと外で待っとれって、待たせ過ぎやないですか〜?」

 「仕方ないでしょ。文句はウダウダしてたそこの新隊長に言って頂戴」

 入って来た女性はなんと言うか……派手だった。そして軽かった。
 制服こそ自分たちと同じ国連軍制服だが、その髪は脱色しているのかほぼ金色で、髪型自体もロングでありながら広がっていてワイルドな印象。
 右頬の上辺りにはなにやら星マークのプリントが施されていて……あれはシールなのだろうか、それとも武の元の世界で言うところのタトゥーなのだろうか。
 そして男としてはつい目がいってしまうボリュームのある胸に、さらにその口から出てきた言葉は関西弁と、まるで個性のカタマリのような人だった。
 武の育った世界ではもはやポピュラーな、それこそテレビなどではそこら中で聞く関西弁であるが、この世界で聞いたのは初めてだ。
 だが、考えて見ればいても不思議はないのだろう。
 1998年のBETAの日本侵攻において、九州・四国・中国地方はほぼ壊滅してしまったとはいえ、その時丁度土地を離れていたりで生き残った人も、多くいるはずであるのだから。
 そして、派手な外見にそぐわずその雰囲気はどこか人懐っこく、その軽さと関西弁の懐かしさも相まってか、武には割と好ましく思えた。

 「お〜っ、君が噂に聞く桜花作戦の英雄さんやね。会いたかったで〜。なんや、どんなごっつい男かと思っとったら、何気にエライ優男さんやないの」

 「は、はぁ……」

 武の前にやってきて、パンパンとその肩を叩きながらものすごい嬉しそうな顔で言う女性。
 身長では武よりも頭ひとつ分くらい低いのだが、その明るさと勢いに圧され、なんだかどもってしまう武だった。

 「濱矢中尉……」

 そんな、一人でにぎやかなその人に、茜が躊躇いがちに小さく声をかけた。
 それに気づいた「はまや」と呼ばれたその女性は、茜の姿を見るとまた、にぱっと明るい笑顔を浮かべた。

 「や〜茜ちゃん、おひさやねぇ。どうや、元気しとったか? って、その眼帯じゃ、そんなわけもなさそうなんかな? なに、茜ちゃんも怪我したん? それとも、ものもらいかなんかか? んな訳あるかいって? んにゃははは」

 弾幕のごとく繰り出される濱矢の言葉。自分でボケて自分でツッコんで自分で笑うその勢いに気圧されつつ、茜は応える。

 「は、はい。左手と目をちょっと……でも、もう直っちゃってるので大丈夫です。それよりも濱矢中尉の方が……」

 「ん? ウチ? ウチももう大丈夫や。休んでる間みんなにめっさ苦労かけてもうた分、キッチリ利子つけて返したるつもりやで〜」

 軽くガッツポーズをとりながらそう意気込む濱矢中尉。
 そんな会話をする二人に武は、不思議に思って声をかけた。

 「えっと、涼宮は知ってる人なのか? こちらの、えっと……花屋さん?」

 「あ、うん、あのね……」
 
 「は〜いお客さん、今日はどんな花をおもとめですか〜? って、ちゃうわ! 『はなや』ちゃうねんっ『はまや』やっ」

 ノリツッコミだ。
 まさかこの世界でノリツッコミを見る事があろうとは思わなかった武だった。

 「なんや、みんな薄情やなぁ。新しい子達にウチの事説明もしよらんと逝ってもうたんかいな……」

 かくんと肩を落としてため息をつく濱矢中尉。

 「い、いえ、そんな事ないんだけど……白銀、伊隅大尉から聞いたでしょ。白銀達が入ってくるちょっと前に負傷して入院した隊員がいたこと……」 

 「え?……ああ!」

 言われて武は思い出した。
 ヴァルキリーズに来てすぐの頃に、伊隅みちるから確かそんな話を聞いた事を。
 隊員個人の説明は聞いていなかったし、話自体も他の話のついでに出たような形だったのであまり深く意識していなかった。

 「聞いた聞いた。それじゃ、この人がその……」

 「せや。トライアルの時の戦闘中に奴らにうっかりやられてもうてな。こないだまでお医者はんのお世話になっとったんや」 

 トライアル……と武は振り返る。
 あの日は武にとっても忘れられない日である。
 それまで至極順調に進んでるような気がしてた状況が、実はただの薄っぺらなメッキだったことを思い知らされる事になったきっかけの日……。
 それもこれも武が以前と流れを変えたがゆえに起きた事実を考えると、少しだけ苦いものもあるが、それは単なる甘えた感傷であると学んだ。
 ここで例え武が謝ったところでみんなには訳のわからない事だし、それこそ以前水月に殴られて教えられた、自己満足の行為そのものだ。
 自分は結果を変える為にできる限りの事をやった。そしてそれによって状況は左右されたとはいえ、他のみんなもその場でできる限りの最善を尽くした結果なのだから。

 「でも、良かったです中尉……帰ってきてくれて……」

 茜はそう言いながら、嬉しさで涙が滲んできた。

 茜が濱矢中尉にこれだけ感情を揺らすのには訳があった。
 茜達、元207Aの初陣は武達207Bと同じく12・5事件での出動であり、トライアルでの戦闘もタケル達と同じく、茜達にとって初めてのBETAとの遭遇だった。
 武達と違うのは、一応はBETAについての講習を受けていた事くらい。
 だが、それをいっさい受ける前の武が、半狂乱な状態だったとはいえBETAに丸腰で挑み、機体を大破させながらも生還したのに対し、茜はBETAの存在に飲まれ、次々と破壊されていく味方の戦術機に戸惑い、完全に浮き足立ってしまった。
 そして、半孤立状態に陥った所にカバーに入ってくれたのが彼女、濱矢中尉だったのである。
 しかしその結果、濱矢中尉は機体中破の上負傷し入院、そして茜の同期であり元207Aメンバーの一人、築地少尉が戦死した。
 今、茜がここに生きているのは、彼女達の挺身あってのものなのだ。
 武達が神宮司軍曹を失って苦しんでいた裏で、茜もまたその重責に苦しんでいたのだ。

 「ああ、コラコラ茜ちゃん、泣いたらあかんよ。ここはウチが五体満足で帰って来たのを笑って迎えるところやで?」

 「はい、すみません……わかってるんですけど……嬉しくて……もう、みんな居なくなっちゃったから……一人でも戻ってきてくれて……」

 茜は何とか涙を止めようと四苦八苦するが、どうにも止まらなかった。
 何故だろう。皆が帰らぬ人となった時には何とか人前では我慢できた涙が、今はどうしても止められなかった。
 そんな茜を、濱矢は仕方ないという風に軽く笑い、そしてそっとその懐に抱きしめた。

 「ごめんなぁ茜ちゃん。肝心な時に全然おられへんで……辛かったやろね……でもな、衛士が簡単に泣いたらあかんよ……?」

 「はい、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 子供をあやすかの様に語りかける濱矢と、謝りながらも濱矢の胸の中で泣き笑いの顔を浮かべる茜。
 それを見て武は、ただ思ったことを口にした。

 「いいんじゃないですか? これは何かを失ってそれに負う後ろ向きの涙じゃない。ただ嬉しくて、喜びで流れる、前向きな涙なんですから。それが許されないなんて、そんなのは衛士の流儀でもなんでも無い、ただの人間の否定ですよ。俺が桜花作戦から帰って来た時なんか、基地中皆泣いてました。だから、嬉しい時くらい泣いたっていい……じゃないです……か?……え? 何?」

 話してる途中で、皆の空気の変化に戸惑う武。
 泣いていた茜も、茜をあやす濱矢も、成り行きを傍観していた夕呼も、その傍らのピアティフまでもがなにかすごいものを見るような顔をしていた。
 ただ一人冥夜だけは、武の言葉にしきりに頷き、共感しているようだったが。

 「ぷっ」

 「くっ」

 はたして最初に吹き出したのは誰だったのか、それを皮切りに皆一斉に笑い出した。
 濱矢や夕呼は豪快に、ピアティフは声こそ上げないが後ろを向いて肩を揺らし、茜も涙をぬぐいながら笑っていた。
 冥夜は武と同じく状況についていけず、きょとんとしていた。

 「あ、あははははは、た、隊長はん、真顔で、なにをそんなむっちゃキザな台詞、くくっ、すごいなぁあんた、ははは」

 「あはははは、ほんと、すごいよ白銀……ふふふ、でも、ありがとう……あははは」

 大笑いしながらそんな事言われても、なんだか誉められてるのか馬鹿にされてるのか感謝されてるのかイマイチわからず、武は憮然とする。

 「ふぅ〜……。いやぁ、こんな笑ったん久しぶりや。ほんと、隊長はんの言うとおりかも知れんね。嬉しい時くらい泣いたってかまへんか」

 数刻笑いつづけたあと、目じりに浮かんだ涙をこすりながら濱矢が復帰した。
 ――泣く程面白かったかこんちくしょう――とは思う武だったが、しかし、沈み気味だった場の雰囲気が一転して明るいものになったことだし、まぁいいか。とため息をついた。

 「さて、じゃあ改めて自己紹介させてもらうわ。『濱矢咲(はまや さき)』、中尉や! 歳は当年とって二十と二つ! まぁそれでも今のヴァルキリーズじゃあ一番の古株になってまうやね。趣味はロック! アメ公は嫌いやけど、音楽に罪はあれへん! ロックは魂やさかいな! 気軽にサッキーと呼んでくれてかまへんよ〜」

 ロック……。なるほど、外見の派手さはそのせいか……と、武は納得する。
 そしてそれを受けて冥夜が一歩前に進み、濱矢に敬礼した。

 「御剣冥夜です。先ほど中尉の位を拝命いたしました。ですがまだまだ若輩者。どうか御鞭撻の程、よろしくお願いいたします」

 「はぁ、こちらは隊長はんと違ってなんや堅っ苦しい感じやねぇ。ざっくばらんでええよ?」

 冥夜の自己紹介にぽかんとした顔でそう感想を漏らす濱矢咲。

 「は、申し訳ありません。なにぶん生来のものです故ご容赦を。……ところで、ろっく、と言うのは如何なものなのでしょうか? おっしゃり様から推測すると音楽の一派系かとは思うのですが……」

 その冥夜の問いかけに武は、咲の頭にぴこんっと犬の耳のようなモノが立ち、尻にはふさふさの尻尾が見えた気がした。

 「なに、ロックを知らへんのかっ。それはいかんで! ええか? ロックはな、魂の音楽や! ポップ? なにをチャラついてけつかる! クラシック? 堅っ苦しいにも程があるわ! 音楽ゆうんはな、魂で聞いて魂で弾くんや! それがロックや! 覚えとき? 今度、ウチの珠玉のコレクションを聞かせたるわ」

 「は、はぁ……」

 咲の勢いに気圧される冥夜。
 あの冥夜を圧倒するとは、サッキー侮りがたしやな。と、武は心中でツッコんでいた。
 そして、話が一段落ついた所を見計らって、今度は武が一歩前に出る。

 「白銀武です。先ほど大尉となり、ヴァルキリーズの隊長に任命されました……けど、無理に俺なんか大尉にするよりも、序列的に言って濱矢中尉が隊長の方が良かったんじゃないですか? 夕呼先生」

 咲に対して自己紹介しつつ、先任が帰って来たと聞いたときから思っていたことを夕呼に聞いてみる。
 しかし夕呼が何か言うよりも早く、咲がそれに応えた。

 「ああ、ええんよええんよ。年功序列とかアホくさいのはどうでも。ウチに隊長なんか勤まれへんし、そもそも大事な時に寝たきり坊主で何も出来なかった人間が隊長なんて、おこがましいにも程があるやろ。隊的にも世間的にも、それにさっきの台詞からしても、アンタが隊長になるのが一番やと思うで?……お飾りでも、な?」

 「グ……はぁ……そうですか」

 ニカっと笑いながら、武の肩に手を乗せ言う咲と、 なにか釈然としないものを抱えながらも、まぁいいんだけどな、と諦観する武。

 「あははは、ごめんごめん。でもウチ、アンタの事気に入ったで。 これはウチから昇進と隊長就任のお祝いや。ん〜……」

 「うわっ……」

 そう言って咲は正面から武に密着し、その大ボリュームの胸を押し付け、首に腕を絡めると、背伸びしてその頬に自らの唇を当てた。
 人それを、ほっぺにちゅーと言う。

 「なっ!!?」

 「うそっ!?」

 「あらあら」

 「まぁ……」

 周囲が四者四様の反応を示す中、咲は武を開放すると。

 「ふふ、これからよろしくな、新隊長はん」

 満面の笑顔で、そう言った。
 武は照れ臭い反面、なにか背中に冷たいモノが走るのを止められなかった。





















 その頃、霞は訓練用グラウンドで一人、挫けそうになっていた。

 「あがー」

 武達が夕呼に呼ばれた折、とにかく最初は走ることからだと言われ、グラウンドを10Kmマラソンの最中である。
 自分に体力が無い事は最初からわかっていた事だが、やはりと言うか案の定と言うか、非常にきつかった。
 一周400mのグラウンドを何とか十一周目。もはやその速度は歩くよりも遅いであろう。
 これだけがんばって走ったのだから、きっと今倒れこんで休んでも、武は怒ったりしない。そんな弱い心が霞に、休め、止まってしまえと甘く語りかけてくる。
 それを払いのけ、耳を塞ぎ、絶対に止まる事だけはするものかと、胸に浮かぶ武や純夏の顔を気力に変え、足を前に出しつづける。

 「あがー」

 それでも、きついものはきついのである。

 「あれ? 社……?」

 横から不意に声をかけられたのは、そんな時だった。
 足を止めずに、入らぬ力を総動員して顔をそちらへ向けると、ボストンバックを抱え、眼鏡をかけたボサボサ頭の女性がいた。

 「やっぱり社だ……。どうしたの? そんな格好でこんなとこ走ってるなんて……」

 到底走ってるとは思えない速度で進んでいる霞だが、それでも走っているという心意気だけは通じるのか。
 歩いて霞に並んで話し掛けてくるこの女性は、霞も知っている人だった。
 以前に戦闘中の負傷で入院した、A-01の隊員……名前は確か、カネイ……ヨシノだったか。

 「はぁ…はぁ…お久しぶり、です……鐘夷少尉……はぁ、はぁ……お身体はもう……いいんですか?……はぁ」

 「うん、久しぶり……。もう大丈夫だよ……それで、なんで走ってるの……?」

 正直、話をする余裕なんて微塵もない霞だが、最低限のことだけ完結に説明した。

 「はぁ……はぁ……衛士に……ん……なる為に……はぁ……訓練中、です……」

 「衛士に……?」

 息も絶え絶えに説明する霞の言葉に、社が衛士に……? と、さらに疑問を募らせる。

 「は……い……」

 だが、搾りに搾った霞の気力も、そこまで。
 ふっと目の前が真っ暗になり、その場に倒れこむ霞だった。



















 「ところで夕呼先生。メンバーは『二人帰ってくる』って言ってませんでしたか? 濱矢中尉と、もう一人は?」

 一気に剣呑な雰囲気を漂わせ始めた若干二名からの殺気を必死に無視して、夕呼に話を振る武。
 そんな三人の様子に咲は「おやおや〜?」と言った風に顔をほころばせている。

 「到着が遅れるらしくてね、まだこっちへついてないのよ。私もあんまり悠長にはしてられないから先に来てた濱矢だけでもと思ってつれて来たわけ。まぁ今日中には着く筈よ」

 「ん? 博士、もう一人って、もしかして鐘やんですか?」
 
 夕呼の答えに思いあたる事があったのか、咲が質問した。

 「そうよ。それと今まだ入院中の宗像と風間を合わせて七人が、現状残ってるA-01の全部よ。ああ、あと一応、候補がプラス1ね」

 それを聞いて、ふ〜む……と腕を組んで考えこむ咲。
 わずか一ヶ月いなかっただけで、減りに減ったものである。しかし、ここへ戻る時に見た基地とその周辺の荒んだ状況からも、その一ヶ月の間にあったことがどれほど激しいものだったのかは想像できる。
 自分ひとりがいた所で大勢が変わっていたと思うほど自惚れてはいないが、それでも自分がそこにいられなかった悔しさは抑えられないものがある。

 「鐘やん?」

 咲の出した名前を、武は茜に聞いた。

 「む〜……え? ああ、うん、『鐘夷芳乃』少尉。白銀達の一期上で、風間少尉の同期の人だよ。でも、私たちの任官後の後期カリキュラムのあと、あんまり顔を合わせる前に新潟の戦闘で負傷して入院しちゃったから、実は私もあんまり深くは知らないの」

 茜は、武の頬を睨んでいたところへ突然聞かれ、ハッと我に帰り、少し慌てて応えた。
 新潟というと、去年の11月11日のあれか。と、武は思い出す。おそらく、大きく状況を変え始めた一番最初の日。
 みちるからも確か、新潟で負傷者がいたことは聞いた。

 「鐘やんは元整備班の人間でな。簡単に言うと、せやな……機械マニア……戦術機マニアってところやろか。戦術機に関しては異常な知識をもっとるさかい、戦術機の中身でわからん事があったら聞くとええよ。ソフトよりもハード系やけどね」

 茜が良く知らない部分をフォローする形で咲が説明を入れてくる。
 ということは、A-01の存在の裏の理由からすれば、整備士だった人が00ユニットの適正に引っかかって引き抜かれたということか。
 咲もそうだが、そんな人もいたのかと、自分がいかに隊の中で歴史の浅い存在かを知らされるようで、少し寂しい気もする武であった。






























 「…………ん……」

 「あ、気がついた……?」

 霞が目を開けると、自分はどこかに寝かされているようだった。
 周囲を見渡すと、そこは先ほど走ってたグラウンドの傍らにある木陰のようだ。

 「私……どのくらい気を失っていましたか……?」

 意識が途切れる寸前までの事は覚えている。
 辺りの明るさなどもそれほど変わったようには思えないので、そんなに長い時間は経っていないと思うが、確認の為聞いてみた。

 「うん……15分くらいかな……。ごめん、がんばってたのに水を差しちゃって……」

 明らかにバテバテの所を自分が話し掛けて、それに応えたせいで余計な気力を使わせてしまったから、と芳乃は霞に謝った。

 「いえ、いいんです。このくらいで倒れるようでは、衛士になんてなれません」

 「そう……。でも、何故衛士なんかに……? 社は香月博士に何か協力してたんじゃないの……?」

 霞が何のために夕呼の傍にいて何をしているのかは知らされていなかったが、夕呼がヴァルキリーズの前に姿を現すときには大抵一緒にいたので、なにか夕呼の研究に関する事で横浜基地にいるであろう事は誰にでも予想ができたことだった。
 それが、およそ二ヶ月ぶりに帰ってきたら、いきなり衛士になるだなどと言われれば、疑問に思っても致し方ないことだろう。

 「………………話すと、長くなりますから」

 何かと機密事項にも関わりかねない話でもあるので、おいそれと話すことも出来ない事だ。霞は適当に誤魔化した。

 「そう……」

 病院のベッドからテレビを見ていただけでも、芳乃が動けなかったこの二ヶ月はまさに激動といっても過言ではない様相を呈していた。
 その中心地とも言えるこの基地にいたのだ、霞にも色々なことがあったということなのだろうと、納得する事にした芳乃だった。

 「鐘夷さんは、隊へ戻るんですか?」

 今度は霞の方が質問してきた。
 もっとも、そのつもりが無いのにこんなところまで来るはずも無いのだから、答えは聞かずともわかっているようなものだと思うが。
 それにしても、この子はこんなにしゃべる子だっただろうかと思い、それもやはり、この二ヶ月の間の変化なのかと憶測する。

 「うん……そのつもり……。オリジナルハイブを潰したことは色々なメディアでも、副司令からの連絡でも聞いたけど、まだそれで戦争が終わるわけじゃないから……」

 そう、まだまだこれからも、BETAをこの地上から、そしておそらく月や火星からも消し去るまで、この戦いは続くのだ。

 「さて……副司令がどこに居るか知ってる……? 帰還の報告をしなくちゃいけないから」

 「……多分、まだミーティングルームだと思います」

 力を使えば霞には人の居所くらいは感じられる。それはリーディングとはまた別種の能力で、近しい人の思考をブロックしてもらった今でも使う事はできる。
 だが、今はそういうことは極力しないようにしているため、武達がまだ戻っていない状況から導き出される推測で判断した。

 「そう、1号棟?」

 「いえ、そっちは使えなくなっているので場所が変わりました。こっちです」

 霞は立ち上がり、お尻や背中をぱんぱんと払って、歩き出す。
 どうやら15分とはいえ休んだ事で、疲れてはいるが多少は体力も戻っているようだ。
 芳乃も置いていた荷物を取り、それに続いて歩き出した。

 「ごめんね、訓練中に……」

 「いえ、丁度いいですから」






























 とりあえずお互いの紹介も済んで、夕呼の「ほらほら、こっちも忙しいんだから何時までもくっちゃべって無いでちょうだい」と言う台詞でそれぞれ席についたとき、部屋に設置されているインターホンが鳴った。
 ピアティフがそれを取り、二言三言話すと、夕呼にそれを手渡した。

 「なによまったく、話が進まないったら……」

 ぶちぶちとぼやきながら夕呼はそれを受け取り、応対する。
 それを見て武は、少し疑問に思っていた事を咲に聞いてみた。 

 「ところで、濱矢中尉?」

 「なんや隊長はん〜。堅苦しい呼び方せんと、サキでええで? そっちのが上官なんやしなぁ」
 
 そう言ってくる咲だが、「いや、流石に先輩なんだしそういう訳にも……」と、武は頭を掻いてしまう。

 「いやいや。軍隊に限らんと、別に珍しい話でもないで。後から来たモンが上に行ってまうなんてな。慣れといた方がええよ? それに、ウチにしてみればさっき初めて会った時点で既に上官さんや、別に違和感も何もあらへん」

 言われてみれば確かにそうかも知れないが、階級がそうだとしてもやはり年上の女性だ。名前や呼び捨てで呼ぶのは躊躇われる。

 「すみません、勘弁してください」

 「ははは、しゃあないなぁ。でも、公の場では気をつけなあかんで? ウチも大概やけどね」

 降参する武に、可愛い可愛いと隣の席から武の頭をグシグシなでる咲。
 そしてそれで武は気がついた。何時の間にこの人は隣に座っていたのだろうかと。
 そこはさっきまで茜が座っていたはずだが、その茜は咲を挟んだ向こう側に座って、なにやら不満そうにこちらを見ている。
 サッキー、マジ侮りがたし。

 「で、なんや? 何か聞きたかったんちゃうん?」

 「ああ、いえ。たいした事じゃないんですけどね。涼宮は中尉が帰ってくるの知らなかったみたいだから、何で事前に連絡とかしなかったのかなと」

 今日までそんな事があったなどとは露ほどにも感じさせなかった茜だが、先ほどの様子を見れば胸の内では相当心配していたはずである。
 回復しているのだったらもっと早い段階で知らせてあげても良かったのではないかと思うのは、自然な反応だ。

 「なに、博士には知らせはしてたんやけどね。ちょっと驚かしてやろう思て内緒にしといてもろたんや。人生にはな、サプライズが必要やで? ただでさえこんなご時世や。少しでもおもろくせんとつまらんと思わん?」

 なんだかいつかどこかで誰かがほざいたような台詞を吐く咲。
 ほざいた張本人である武は、「ああ、そっすか……」と、肩を落とすのだった。
 そこへ、外からの連絡を受けていた夕呼が戻ってくると、ぱんぱんと手を叩いて言った。

 「はいはい、ちゅうもーく」

 ……なんだろう。なんと言うか、神宮司まりもや伊隅みちるの様に軍人として締める人がいないせいなのだろうか、なんとなく場の空気がゆるいと言うか……そう、まるで元の世界の白稜柊でのHRのような感じだと、武は思った。
 武自身もこっちの方が気は楽なのは確かだが、もしかしたらこの空気を締めなくてはいけないのは、隊長になってしまった自分の役目なのかとも思う。
 元から形式張った事が嫌いな夕呼にしてみれば別に構わないのかもしれないが……しかし、夕呼の前でならともかく、他の場に出た時にこれでは流石に不味いだろうかと、その辺り、後で冥夜と相談してみるかと決めた。
 するとその時、「コンコン」と扉をノックする音が響いた。

 「あら、いいタイミングね。どうやらお待ちかねのもう一人が到着したようよ。いいわよ、入ってらっしゃい」

 「……失礼します」

 扉の外へ夕呼が入室を促すと、また制服姿の女性が入室してきた。
 この人が二人目……鐘夷少尉か……と、つい観察してしまう武。
 背丈は咲よりもさらに頭ひとつ分ほど小さいだろうか。
 だがこれは、武の身長からすると咲の方が女性としては背が高いということになるだろう。
 癖っ毛なのだろうか、ショートでなんだかボサボサの髪。
 眼鏡をかけているが、どことなくボ〜っとした雰囲気は、委員長ではなく霞と似ているような気がする。
 胸は……標準サイズだろうか。

 「遅くなってすみません……鐘夷芳乃少尉、現時刻を持って原隊復帰します」

 黒板の前に立つ夕呼の傍まで来ると、踵をそろえて全員に向って敬礼した。

 「はい、お帰り。とりあえず細かい紹介なんかはさっき濱矢がやっちゃったし省くわね。で、そこの二人が新しい隊長と副隊長だから、後で自己紹介してもらってちょうだい。じゃ、アンタもそっち、座って」

 「はい」

 言われるままに適当に、咲の後ろの席を選んで座る芳乃。

 「久しぶり、鐘やん。元気んなって何よりや」

 「お久しぶりです……、濱矢中尉。ご心配をおかけしました」

 夕呼の話もあるので、極簡単に挨拶を交わす二人。

 「さて、人数も少しづつ戻ってきたところで、早速だけどアンタ達にやってもらうことができたわ。と言ってもまぁ、そんなたいした話じゃないけどね」

 任務か、久しぶりだな。と武は感じる。
 だが、自分はともかく、冥夜にしろ茜にしろ帰って来た先任達にしろ、先に入院や療養生活で落ちた体力などの調整をしなければならないところだけに、少し不安にも思う。
 たいした話じゃないと言う夕呼の言葉が本当にそのままならいいのだが、あいにくとあまりアテにはならないことは、これまでの経験が雄弁に語っている。

 「実はね、帝国軍の方からアンタ達へ召喚状が来てるのよ」

 帝国軍から……? と、この場にいる隊員全員から疑問の空気が上がる。
 帝国軍と関係ありそうな事というと……と武が冥夜の方を窺うと、冥夜ですら少々腑に落ちない様子だった。

 「目的は幾つかあるみたいだけど、とりあえずは桜花作戦を成功させた英雄さん達に、煌武院悠陽殿下が直々に礼をしたいって言うのが一番の理由みたいね」

 その言葉に、それこそ目を合わせてしまう武と冥夜だった。
 つい先日、また会う機会などあるのかどうかなんて話をしていたばかりなのだから。

 「別に戦ったりするわけじゃないから、これなら病み上がりのアンタ達でも問題はないでしょ? 将軍さま直々の要請じゃ無碍にも出来ないし、行ってきて頂戴」

 「それは大丈夫でしょうけど、ウチや鐘やんも一緒に行ってええんですか? ウチらは桜花作戦に参加もしとらんのに」 

 当然といえば当然の疑問だった。
 実際にはこの場でそれに当てはまるのは、武と冥夜の二人だけだ。

 「名指しじゃなくて部隊への召喚、てことになってるから構わないでしょ。余計な事言わないようにして、白銀と御剣に任せて後ろで見てれば関係ないわよ」

 「なら、かまへんのですが……」

 おミソみたいなもんか。と、別に行きたくない理由があるわけでもないのでそれ以上は追求しないことにする咲。将軍様に会える機会など、そうはない事であるし。
 芳乃は別にどうでもいいのか、戸惑う様子も無い。

 「それじゃ白銀。これ、召喚状ね。他の召喚理由も書かれてるから、隊長のアンタが後で目を通しときなさい」

 「はい」

 こういうのも隊長の役目か。と、夕呼から書状を受け取る武。

 「以上、伝達事項は終わり。できるだけ早い方がいいでしょうけど、いつ帝都へ行くかはアンタ達で決めて、決まったら教えてちょうだい。私からあちらさんに伝えておくから。それじゃね〜」

 「む。全員、起立! 敬礼!」

 話も終わって夕呼が部屋から去ろうとしたところへ、冥夜が咄嗟に号令をかける。
 それに従い全員が立ち上がり、敬礼した。

 「御剣〜。私にはそんな事しなくていいんだってば〜。覚えといてね〜」

 半眼で冥夜を見やって、やれやれといった風で部屋から出て行く夕呼。ピアティフもそれに続いて退出する。
 残ったA-01の面々は、ふぅと気を抜いてリラックスする。
 咲も、あれはあれで一応気を締めていたようだ。

 「とりあえず、紹介しとくわ鐘やん。こちらが新しいヴァルキリーズの隊長はんで、白銀大尉や。んであちらが副隊長の御剣中尉はん」

 隊長はんは例の桜花作戦をキメた英雄さんやで〜。と、後ろに座る芳乃に向って、隣にいる武と、そのまた隣に座る冥夜を紹介する咲。
 武は「いえ、そんなたいしたモンじゃないですから……」と、英雄扱いされるのに少し困った様子で自己紹介する。

 「白銀武です。まだまだ御剣少尉……じゃなくて中尉や涼宮少尉に面倒をかけてばかりの未熟者ですが、なんとかがんばっていきたいと思います。よろしくお願いします、鐘夷少尉」

 「御剣冥夜中尉です。階級こそ上がってしまいましたが、私もまだまだ任官して間もない若輩者。先達として濱矢中尉共々、ご鞭撻の程よろしくお願いいたします」

 「鐘夷芳乃少尉です。こちらこそ、よろしくお願いします……」

 武が差し出した左手に左手を重ね、握手しながら応える芳乃。
 冥夜とも握手を交わし、お互いの紹介も済んだところで武は「さて」と切り出した。

 「それじゃあこの後はどうします? 夕食まではまだちょっとあるけど、結構時間が中途半端ですよね……」

 「ふむ、そうやね……」

 体力を取り戻す為にも、早めに鍛錬は始めなくてはならないが、今からではエンジンが掛かる頃には食事タイムになってしまうだろう。
 かといって、適当に潰すには些かもったいない長さだ。散々休んだ身でもあるし。
 そこへ、おずおずと手をあげながら芳乃が発言した。

 「あの、いいですか……。良ければ、新型OSを触ってみたいんですが……」

 「おお、そういえば鐘やんはアレ使った事なかったんやな」

 ああ、そうか。と武。
 新潟で芳乃が負傷した11月11日は、武達はまだXM3どころか戦術機の講習も始まっていない。総戦技演習にすら行く前だ。そりゃ触れた事などあるはずもない。
 残念ながら今は、部隊の全員が機体を無くしてしまっている上に基地自体にも稼動可能な戦術機が殆どない。なので実機での演習は無理だが、事前にシミュレーターで経験しておいて貰う必要はあるだろう。

 「わかりました。じゃあ、一旦解散して、20分後にシミュレータールームに集合って事で」

 「了解〜。あれはすごいでぇ鐘やん。世界が変わるっちゅうのはああいうことを言うんやと思うで」

 「ええ、楽しみです」

 そうと決まればとっとと準備せなな、んではまた後で〜。と部屋を出て行く咲。
 芳乃も「それでは」と頭を下げて同じく部屋を後にし、武、冥夜、茜の3人が残った。
 慣れ親しんだ面子になって肩の力が抜ける。

 「白銀、あんまり社を放り出しとくのも不味いんじゃない?」

 そして、茜がそう言ってきた。

 「ああ、わかってるよ。でも、俺はあの人たちのシミュレーシュンを見てあげるべきだろうしな……。そっちは涼宮、頼めるか?」

 XM3について一番知ってるのは発案者である武である。それが、初めて触れる人のレクチャーに行かない理由はないだろう。

 「りょうか〜い。御剣はどうする?」 

 「うん、私もシミュレーターの方に行こうと思う。確かにXM3を熟知しているのはタケルだが、自分で考えた物故に初めて触る者の感覚を理解しきれない可能性もある。逆に濱矢中尉は武の操縦を見たことがないであろうからな、それはそれでタケルから学んだ者がフォローした方が良いこともあろう」

 武の機動概念は、常人には理解しきれるものではない。それには冥夜でさえついて行けてはいないのだ。
 ただ、冥夜は冥夜なりに武の概念を噛み砕き、自分で動かせるものに構成しなおして会得している。常人相手にならば、そちらの方が受け入れやすいという事もあるだろう。

 「そっか、がんばってね。じゃあ私は社のところに行くね。また夕食の時にでも」

 「おう、また後で」と茜を送り出し、それじゃ俺たちも行くか、と武も立ち上がる。

 「ああ、それは良いがタケル、行く前に鏡を見て顔を洗って行った方が良いぞ。……では、シミュレータールームでな」

 どことなくツンケンした感じでそういうと、冥夜は武を置いてそそくさと出て行ってしまった。
 一体なんだ? と思いながらも、言われた通り洗面所に行き鏡を見たとき、全てを理解した。
 そう、武の左の頬にはしっかりと、咲のルージュでマーキングが施されていたのだ。
 いつ付いたのかなど考えるまでも無い。
 自分はそんな物を顔につけたままずっとミーティングしていたのかと思うと、その場に膝から崩れそうになった。
 誰でもいいから、もっと早く教えてくれよ……と。





















 「お、なんや二人とももう来とったんかいな。はやいなー」

 咲が準備を終えて強化装備に着替える為にドレッサールームに来ると、そこには既に着替え始めている冥夜と芳乃がいた。

 「お先に失礼しています、濱矢中尉」

 「お先してます」

 入って来た咲に律儀に答える冥夜と、言葉少なに軽く頭を下げる芳乃。
 冥夜は先ほどの顔合わせで感じた印象からしても非常に几帳面そうな性格が見えたのでわからないでもなかったが……まさか芳乃まで先に来ているとは思わなかった。

 『さては鐘やんめ、XM3に触れるの相当楽しみにしとるな……?』

 あまり感情を表に出さないタイプだけに判りずらいが、普段は余り率先的に行動したりはしない芳乃がこれだけ積極的に動いてる様を見れば一目瞭然であった。
 実際にはXM3は、芳乃が負傷して戦線を離れた後に出来たものである。どうやってそれを知ったのかは定かではないが、恐らくは元整備兵としての彼女なりのパイプがあるのだろう。
 きっとそこからXM3の話を聞いて、これまで触れない事にヤキモキしていたに違いない。
 可愛いものだ、と咲は内心で苦笑した。
 さて、まぁそんな事はどうでも良いとして、さっさと自分も着替えてしまおうと、己のロッカーへと向かう。
 ロッカーのコンソールに指を触れると、指紋照合によりロックが開錠される。すると軽いエア音と供にロッカーの右半分が手前へとスライドオープンし、中には強化装備一式がセットされている。
 およそ一ヶ月ぶりに空けた訳だが、特に問題は無いようだ。まぁ、定期的にメンテが入るわけなので何かあるハズも無いのだが。
 軽いチェックを終えてからロッカーのもう半分、左半分の扉を(こちらは普通のロッカーの様に観音開きである)開けると、着ているものを脱ぎ中のハンガーにかけていく。
 強化装備は素肌の上に直接装着する為、着る時は裸にならなければならない。全裸である。すっぽんぽんである。それゆえに一応ロッカーごとに仕切りのカーテンもついていたりはするのだが、基本的に使う人間はいなかったりする。そんなものを使えば、指差されて笑い者になるだろう。というか、強化装備のデザインには羞恥心の排除の目的もあるというのに、こんなところで隠す為のカーテンをつけた矛盾に首をかしげるところだ。
 まぁ世の中例外的なことはあるし、必要な事や場所もあるのかもしれないが。例えば、将軍様がお着替えになるとか。
 しかし、とりあえず咲はあまりそういうことに頓着しない性分だ。躊躇う事もなくぱっぱと脱ぎ終え、真っ裸で腰に手を当て仁王立ちで、右反面にセットされている強化装備に対面する。
 まずはインナー――というのも少々違うかもしれないが、そう呼ばれているのだから仕方が無い。つまりは下地装備になる皮膜装甲だ――を取り出し、全身レオタードを着るように足から通していく。所々スリットなどでセパレートされているので、ビニールのような質感から想像する程着辛くはない。それが済んだらその上から外装パーツやセンサーユニットを装着していき、セパレートされている部分をロックしていく。
 首から両肩の中枢制御ユニットをセットしたら、最後にヘッドセットをつけ、接続ミスが無いかのチェックマーカーの点灯を確認して装着完了である。
 見た目からして着るのに手間のかかりそうな強化装備であるが、実際慣れない人間なら早くても10分や15分はかかるものである。しかし、緊急のスクランブルなどあった時ににそんな悠長な時間をかけているわけには行かない。衛士たるもの最低でも5分で着られるようにならなければならず、一人前となるには3分は切れなければならないのだった。
 そして今回咲がかかった時間は4分12秒。入院のブランクを考えればまぁ合格点だろう。
 咲が久しぶりの着心地に妙な懐かしさを感じていると、ふと、少し離れたロッカーで同じく着替え終えて最終チェックしている冥夜の後姿に気づいた。

 「ん? 御剣はん、なんやのんそれ。なんや見たこと無い強化装備やけど」

 冥夜の着ている強化装備が青と白のカラーリングだった為、一瞬「なんで訓練兵用?」と思ってしまった。しかしよく見れば、青と白のカラーリングこそ同じだが、外部装甲のデザインが明らかに自分たちの99式とは違っている。

 「え? ああ、これですか。これは帝国軍製の零式強化装備です。桜花作戦の折、私たちが武御雷に機乗する事になり支給されたものでして……」

 冥夜は自分の姿を見下ろしながら説明する。
 形式番号が示す通り、正式採用されてからまだおよそ一年。しかも現状これを使ってるのは帝国斯衛軍だけであるので、咲が知らないのも無理は無いのだ。ここには月詠以下帝国斯衛軍第19独立警護小隊がいたとはいえ、強化装備姿で見えるような事も無かったであろうし。

 「99式は入れ替えで返納してしまいましたし、また戻そうにも、手続きにもデータの移動にも少々時間がかかるので今しばらくはそのまま使うことになりまして」

 しかし、帝国軍製とはいえこれは国連軍仕様と聞いております。もしかしたら近いうちに正式に配備されるのやも知れません。と、腕を組んで何か考えながら、冥夜は己の予想を語った。
 どのようなやり取りで斯衛軍の装備を国連軍に取り入れる事が出来たのか、その辺りの繋がりはわからないが。

 「へぇ、そなんか。でも、ええね、なんか華やかで。正直こっちの強化装備はイマイチ地味っちゅうか、厳つくてなぁ」

 「ふむ。確かに斯衛軍の装備は、そう言う意味では華やかではあります。搭乗機も装備も、その者の衣冠と同じ色を施されていますゆえ。下の者こそこちらと同じ黒ではありますが、以上は白・山吹・紅・蒼、そして将軍殿下の紫とまこと艶やかなもので――――ひゃん!?」

 言葉の途中で冥夜がいきなり素っ頓狂な声をあげた。
 一体何かと見てみれば、芳乃が背後から冥夜の脇腹を掴んでまさぐっている。

 「か、鐘夷少尉っ!? いきなり何を……っ」

 「外装面積が少ない分、柔軟性が高いのかもしれませんね。それでもこの感触からすると、素材の剛性も99式より多少上がっている……? 流石は帝国の最新式装備と言うところでしょうか」

 芳乃の行動に疑問の声を上げる冥夜を他所に、咲と同じく零式強化装備を初めて見たらしい芳乃は、冥夜の体をぺたぺたと触りながらしきりに納得していた。
 そして、状況を認識すると同時に、それを見た咲の目が光った。

 「なんやぁ御剣はん。お堅いイメージとは裏腹に、えっらい可愛らしい声出すやないの〜」

 「は、濱矢中尉……?」

 すこぶる笑顔で両手をワキワキさせながらにじり寄る咲に、身の危険を感じじりじりと後ずさる冥夜。
 しかし、無情にも悪戯大好きな悪魔の魔の手から逃れる術はなかった……





 「ふ、あああっ! 濱矢中尉っ……そのようなところっ……くぅああっ!」

 「ふふふふふ。良い……良いでぇ〜御剣はん。いい声で鳴きよるなぁ〜」





 合唱。





























 「おっそいで〜隊長は〜ん」

 「むぅ。すみませんね」

 武が強化装備に着替えてシミュレータールームに入ると、既に強化装備に着替えた3人がそろっていた。
 ニヤニヤ笑いながらそんな事を言う咲に、「誰のせいですか」と無性につっこみたい武だ。
 水で洗っただけじゃルージュの落ちない事といったら……。
 まぁ、いじられる事の回避方法はあえて気にしないことだ、と自分に言い聞かせ、並んでいる3人に目をやると……中々に壮観だった。
 冥夜は既に見慣れてるとはいえ、そのプロポーションのバランスは折り紙つき。……心なしか表情がやつれて見えるのは気のせいだろうか。
 芳乃は標準的とはいえ、やはりしっかりと主張するものはしている。
 そして咲。
 制服の上からでも十分にわかったことであるが……迫力である。
 彩峰も相当なものだったが、中々どうして、負けてないだろう。
 正規兵装備なのでストレートに半透明なわけではないが、青い色を通してもその存在は目の保養……いや、毒……だろうか。
 だが、そう意識してしまった武は、自ら墓穴を掘った事を直後に思い知る羽目になる。

 「なんや? 隊長はんはおっきいのんが好きなんか?」

 「え"!?」

 「!?」

 「…………」

 自分の胸を両手でむにむにしながらとんでもない事を口走る咲。
 冥夜の眉尻が上がるのを、武は見逃さなかった。
 芳乃はあまり関心はないようだ。

 「なんやぁ、はよ言ってくれればええのに。隊長はんならべつにええで? どや、触ってみる? 結構自信あんねんで」

 「なっ! ななななななっな!!?」

 「!?!!!!!?!!!」

 「…………」

 咲はしなを作りながらその自慢のバストを強調するポーズで、つつつと武に寄って行く。
 あまりの咲の言動に思考がパンクしそうになる冥夜。
 やっぱり我関せずっぽい芳乃。
 
 「だ、だだ、だ、駄目ですって! いけませんって! そそ、そ、そう言うのは好きな人にでも勧めてくださいっっ!!」

 一応……既に初体験は済ませている武だが、一度経験した程度でそんな事に免疫がつくわけもない。
 いや、これまでのループでどうやら経験自体は豊富にこなしてきたようではあるが、実感として残っていないのだからその経験は無きに等しいのだ。
 
 「あら、ウチ、隊長はんの事好っきやで? 気に入ったてさっきも言うたやろ?」

 「なんですとー!?」
 
 そんな、嬉しくないわけじゃないけど! で、でも! 自分には純夏がいるわけで! それ以外とどうこうと言うのは、それは浮気って奴で! とってもいけないことで!
 ……武も思考がオーバーヒート気味だった。
 やがてなにやら、「あうあうあ〜」やら「うばば〜」やら、おかしな唸り声を上げ始めた武に、ちょっとやりすぎたかと咲はちろっと舌を出した。

 「や、冗談や冗談。ごめんな隊長はん、からかいすぎたったわ」

 「エ……?」

 にゃははと笑いながら顔の前に片手を上げ、ごめんなぁと謝る。

 「そ、そですか……冗談か……良かった……」

 「……良かったいうんも、なんや失礼な話やな。大体な、隊長はん。女の身体をコソコソ覗き見るのはあかんで?」

 腰に手をつき、めっと叱ってくる咲に、「う、すみません……」と、肩を落とす武。まっこともっておっしゃるとおりです、と。

 「見るなら堂々と見なあかん!」

 「なんでやねんっ」

 思わず反射的に裏手でつっこんでしまった武であった。

 「おお、隊長はん、わかっとるやないか。見事なツッコミやで!」

 ナイスツッコミ! と親指を立ててサムズアップする咲に、頭を抱えたくなる武だった。

 「あの、漫才も良いですけど、そろそろ始めませんか……?」

 まるきり我関せずで傍観していた芳乃だが、いい加減痺れが切れたかそう言ってきた。
 「ああ、そういえばそうでした」と、武は本来の目的を思い出し気持ちを切り替えて、「それじゃあまずは、簡単に基本的な操縦概念講習から始めましょう」と、ホワイトボードを引いて来る。
 咲は「今の世ン中大阪モンでもあれへんのに、あれほどのツッコミができるんは貴重やで……」などと、腕を組みながらブツブツつぶやいていた。
 冥夜は、いまの状況がなんだったのか理解できず、呆然としていた。




















 キャンセルとコンボによる基本概念の説明の後、「習うより慣れろ」が武の基本方針と言う事で、早速シミュレーター訓練に移った。
 芳乃だけではなんなので、勘を取り戻す意味も含めて咲にも搭乗して貰うことにする。
 二人を1号機と2号機に乗せ、武と冥夜は管制室に移動した。
 それぞれの機体のモニタリングを開始しながら、強化装備の通信機でシミュレーター内の二人へと指示をする。

 「鐘夷少尉、とりあえずは何でもいいんで、自由に動かして以前との操縦感覚の違いを体感してください。で、ある程度慣れたらさっき説明した基本概念を意識してみてください。じゃあ、行きますよ」

 そう言ってシミュレーターの起動スイッチを入れる。
 ルーム内に重い駆動音が響き始める。
 芳乃はとりあえず歩こうとフットペダルを踏み、操縦桿を倒してみる。が、いきなり機体が予想以上の挙動をとり、盛大に転倒してしまった。
 いきなりの失態に少々恥かしさを感じつつ、機体を立て直そうとしながら芳乃は一人ごちる。

 「……これは、話に聞く以上に設定がピーキー……? これだけ遊びがないと、操縦桿に手を置いてるだけでも気を使いそう……」

 「せやろ? でもな、慣れるとそれがごっつええ感じになるんやで」

 1mmだろうと操縦桿を動かせば、キッチリその分戦術機が反応する。確かにこれは、慣れればまさに己の手足の延長になるかも知れない、と芳乃は感心する。
 とりあえず適当に動かし、色々と観察しながら少しづつ以前との差異を埋めていく。
 その間咲は、チョコチョコと芳乃に助言をしながら久しぶりの操縦を楽しんでいた。

 「そろそろいいですかね。それじゃそのまま、先行入力とキャンセルを実際に試してみてください」

 「了解……」

 走ったり止まったり、腕を振ったり刀を抜いたり、色々な動作を組み合わせていく。
 芳乃は最初、先行入力で一連の動作を事前に設定する、という概念を今ひとつ理解できていなかった。
 あれしてこれしてそれして……そんな事を一々考えていたら、すぐにこんがらがってしまうのではないかと。
 だが、実際に動かしてみてその利便性に驚いた。
 元々何かを判断して動く時というのは、咄嗟にある程度先までワンセットで考えているものなのだ。
 それを、例えたった二つの動作でも先行入力で繋げておくだけで、入力した後に周囲の状況をみる余裕ができるのだ。
 そしてさらに、それによる状況判断でいつでもその行動設定のキャンセル、次の行動の再設定が可能……。これは確かに、被撃墜率が大幅に変化するのも頷ける。とその身体で実感する。でも、これでは……。
 そして、芳乃がだいぶ慣れてきたかな? と思えるくらいになったところで、武はちょっとした悪戯をしてみる事にした。
 何も告げずに二人の背後に敵対目標を設定したのだ。
 突如、シミュレーターコクピット内にレッドアラートが鳴り響く。

 「!?」

 「!!?」

 流石はそれなりの時間戦場を経験してきた二人。
 頭よりも早く体が反応して、咄嗟にその場からお互い左右別の方向へ離脱、障害物の陰へと飛び込む。
 ただ単にそこに現われて、適当に弾をばら撒くだけの単純な行動設定の目標だったが、その効果は覿面だった。

 「なんや隊長はん、人が悪いで! 脅かさんといてぇや!!」

 「いやいや、人生にはサプライズが必要でしょう?」

 「…………」

 その武の台詞に、してやられた、と悔しがる咲。
 芳乃は何も言わないが、眉間に皺のよったその目はしっかりと武に抗議していた。

 「ははは、すみません。でも、実際に咄嗟の時にどういう操作判断が必要になるか、鐘夷少尉にも少しは解かって貰えたんじゃないですかね。それじゃあ一旦降りてください。次は俺と冥夜で動かしますから、XM3でどういう戦闘行動が可能か見てみてください。濱矢中尉はどうします?」

 「せやな……ウチも一度、評判の隊長はんの腕を見ておきたいさかい、降りるわ」

 「了解です。管制室まで来てください」

 そう言って武は通信をきった。
 シミュレーターから降りた二人が管制室に入ってくるのを待って、交代する。
 芳乃にヴォールクデータのレベル6くらいの設定でシミュレーションプログラムの実行をお願いして、今度は武と冥夜がシミュレーターに搭乗する。
 純夏のリーディングによって出来た最新シミュレーションプログラムでなくヴォールクデータを選んだのは、既に慣れたものでの方が違いが解かりやすいかと判断しての事である。
 そして、シミュレーションスタートして幾許もしないうちに、先任の二人は我が目を疑う事となった。
 現実に、たった一度とはいえハイヴ内戦闘の経験があるとないとの違いもあるだろう。
 だが、それを抜きにしても二人の戦闘機動は過去に例を見ないものだった。
 戦術機が立体機動を意識して作られていることは、知識としては知っていた。
 しかし、それを実際に行っているものは殆どいない。精々が軽く飛び跳ねたり、ブーストによって低空飛行したりするくらいだ。
 だが、目の前で武と冥夜が取っている機動は違った。特に武の動き方は凄まじい。
 壁をけり、BETAをも足場にし、時にはブーストで天井に逆さまに立ってさえみせる。
 それはまさに、三次元機動というものだと思えた。
 そして、意識してみると、その行動のそこかしこで先行入力とキャンセルを多用している感じが見て取れた。
 確かに、これは新型OS抜きにしては難しい事であるのは理解できた。
 それでもやがて、弾薬は尽き推進剤は切れ、押し寄せるBETAの波に2機とも撃破されて終わってしまった。
 シミュレーターから降りた武と冥夜は再び管制室に戻り、待っていた咲と芳乃に説明する。

 「今のは機動概念を理解してもらいやすくする為にBETAとの戦闘を主眼にして行動してみました。知ってるとは思いますが、実際のハイヴ突入戦ではあんなことはしません。あんな戦い方をしてたら、弾薬がいくらあっても足りませんから。まぁ、そっちはまた本格的に訓練に入ったらと言うことで。どうでしたか? 感想は」

 「いやぁ、感想も何も、あんな動きをしようと思う隊長はんの頭んなか、一度解剖して見てみたいもんやわ」

 「…………」

 咲の興奮を抑えきれない表情からは、いい感触を得られたようなのがわかったが、芳乃はどこか苦々しい雰囲気なのが引っかかった。 

 「どうかしました? 鐘夷少尉」

 「いえ……XM3、確かに良く出来てる、すごい物だと思います……。でもその反面、戦術機に負担をかけすぎる。私は……あまり好きにはなれません」

 そんな、芳乃の意外な感想を受けて、しかし事実として戦術機への負荷が大きく、整備兵への負担も増加してる事は間違いない。その辺り、流石元整備班かと思えた。 
 しかし、それを覆す事例も既に存在していた。

 「ええ、鐘夷少尉の言うことはわかります。XM3は戦術機へ負担をかけやすい。事実、俺たちはBETAのこの基地への襲撃の時に、それでほぼ全員が自分の機体を潰してしまいましたから」

 そう言いながら武は冥夜と目を合わせ、冥夜もそれを肯定して頷いた。
 芳乃は「やっぱり……」と思う反面、武がXM3の欠点をあっさり認めたことに驚いた。
 普通、自分が作った物を、しかもそれ相応の実績をあげているものを気にくわないなどと発言されれば、誰であれ多かれ少なかれ気分を害するものだ。

 「でも、そこは俺たちの錬度次第でどうにかなる事も証明されています」

 帝国斯衛軍第19独立警護小隊。
 月詠中尉以下三人の少尉達は、同じXM3で同じ戦場を戦い抜いたにもかかわらず、機体への負担を最低限に抑えられていた。
 機体の差というのも勿論あるのだろうが、武達の不知火が長期間のオーバーホールを必要としたのに対して、月詠達の武御雷は戦闘後の救助活動などにまで参加したと言うのに、一通りのメンテナンスのみでその後の桜花作戦まで戦い抜いたのである。
 これは偏に、操縦する衛士の技量の差が現われた結果だ。

 「もしかしたら機体の方でなにか適応力を上げる方法もあるかもしれません。でもその前に、XM3でも機体へ負担をかけない操縦は可能なんです。だから、大丈夫ですよ、鐘夷少尉」

 そう言って笑いかける武に、芳乃は初めて好感を持った。
 人間、中々自分の欠点を認めた上でそれを乗り越えようとするのは難しい。途中で腐ってしまう者が多い。だがこの人は、それが出来る人なのかと。
 そして、咲が自分のことをどういう風に説明したのかは知らないが、既に自分の存在を少しは理解し、認めてくれているようだ。
 自分は望んで衛士になったわけではないし、事実、なるつもりなど毛頭なかった。一整備士で十分だった。それが香月副司令からの抜擢によって、半ば強制的に衛士にならざるを得なくなった。
 だからと言って仕方なく、嫌々衛士への道に入ったわけでも無いが、そうやってなりものいり的に衛士になった様に見える自分を、やっかむ人間もそれなりにいた。
 武の言葉から察するに、自分が整備兵出身なことはもう知っているのだろう。しかし、どうやらこの人はそんな狭量な心の持ち主ではないようだ。もしくは、物事を好意的に考える人なのか……。
 少しだけ、この人について行ってもいいかも知れないと思えた。

 その後、今度は4人でバトルロイヤル形式で戦ってみたり、タッグで戦ってみたり、ヴォールクデータに4人で挑戦してみたりと、様々な形で感覚を慣らして行き、そろそろ夕食が始まる時間になるとい
う頃には、芳乃も基本的なXM3の動作概念はほぼマスターしていた。
 次からはもう一歩踏み込んだ応用動作に入ろうと言う事で今日のところはお開きとなる。
 そして冥夜が着替えて更衣室を出ると、同じく着替えを終えて出てきた武と鉢合わせた。

 「お、冥夜。丁度いいや、ちょっと霞の様子見に行こうと思うんだけど、どうだ?」

 「ふむ、そうか……だが、すまないタケル。社の事は私も気になるが、些か疲れてしまった。夕食の前に一休みさせてもらおうかと思う」

 それを聞いて途端に心配になる武。
 冥夜がこんな弱音を吐くことなど珍しいのだ。

 「そうか、お前もまだまだ病み上がりだもんな。無理する事はないさ。霞にはよろしく言っとくよ」

 すまないと謝って、駆けていく武を見送ると、冥夜もその場を後にした

 自室に戻った冥夜は、一度腰をおろすと根が生えてしまいそうだったので、そのままシャワーを浴びる事にして髪をほどき、衣服を脱ぎすてた。
 浴室に入ると、シャワーのコックを捻る。
 身体を打ち始める湯の温度が心地よい。 
 それほど激しいことをしたわけでも無いのに、疲れているな、と実感できた。
 やはり体力の低下は結構大きいようだ。
 まぁ、今日は精神的な疲れも多かったと思うが。
 いきなりの昇進や、隊長、副隊長への任命、そして新しい……のは本来自分達の方なのだが、新たに顔を合わせた先任は、少々破天荒気味の人であったし。

 ミーティングでの事や、先ほどの訓練の出来事が思い返される。
 濱矢中尉の、嫌味なく思うがままに振舞えるあの人柄は好ましいと思う。
 しかし……ああもあからさまに武に迫るのはいかがなものだろうか。
 あまつさえその顔にく……口付けし、冗談とはいえ己が胸を触らせようとするなど、いささか破廉恥すぎるのではないだろうか。
 知らないことであろうとはいえ、武には鑑純夏というれっきとした恋人がいると言うのにだ。

 『隊長はんはおっきいのんが好きなんか?』

 彼女の独特の言葉遣いで発せられた、そんな台詞が頭をよぎる。

 「…………」

 なんとなく、自分の胸に手を当てる。
 人と比べた事などないが、小さいという事はないだろうと思う。
 彩峰などは相当な量感の持ち主だったと思うが、あれは彼女が特殊だったと思うべきだろう。
 考えて見ればそれは、女性の象徴と言えるふくらみなわけだが、これまでそういう形で意識した事などなかった。
 逆に身体を動かす時など、邪魔とさえ感じたこともある。
 それを今更に、ある程度の大きさを持っていてくれた事をありがたく思ってしまうとは、なんとも滑稽だ。
 異性を意識すると言う事は、こういう事なのか。

 視線を上げると、浴室の鏡に写る己の姿が目に入る。
 やはり、違うな。と、武の体格を思い浮かべながら思う。
 肩幅なども全然違うし、全体として大きい。同じ程度の運動量をこなして来たはずなのに、がっしりとした武の体に比べて、やはり線がやわらかい。

 男と女。

 その違いが如実に意識される。

 武はこの身体を見てどう思うだろうか。
 強化装備越しなどではなく、全てを脱ぎ去ったこの姿を見て……。
 優しく抱きしめてくれるだろうか。包み込んでくれるだろうか。私のことだけ考えてくれるだろうか。
 優しく抱きしめて欲しい。包み込んで欲しい。私のことだけ考えて欲しい。

 ぐるぐる、ぐるぐる、思考が回る。

 想像の中で、武が自分を抱きしめる。
 身体の上を、武の無骨な手が這いまわる。
 武の唇が自分の唇を塞ぎ、滑る舌が口内を舐る。
 やがて武の手は、自分の女の部分を探り当て、深く、深く侵入してくる。

 「……ふ……うっ!!」

 そう考えただけで、ゾクリと体に電気が走った。
 押し寄せる欲求を抑える事が出来ず、冥夜の手は己の体の、まだ誰にも許したことなどない、その秘めたる部分へと伸びていった。










































 「あははは。そっか、大変だったね。でも、濱矢中尉は前からああやって元気な人だったから。これからもそうだと思うよ」

 夕食に集まったPXで、武がシミュレーター訓練の時のことを茜に話して聞かせると、そう言って肩を叩いてくれた。
 既に集まっているのは武、冥夜、茜、霞の4人で、今日合流した先任二人はまだやって来ていない。

 「まぁ、明るくしてくれるのは大変結構だと思うんだけどな……。ありゃちょっと元気すぎないか」

 「ん〜。でも、いい人だよ? 悩み事とか親身になって相談にのってくれたり、頼りになるんだから」

 武としても、いい人という意見に異論はない。頼りになる……と言うのも、解かる気はする。
 彼女は恐らく、水月とは違うタイプの姉御肌と言うのか……水月が体育会系だったのに対して、咲は文科系な感じだ。
 しかし、だからと言って玩具にされるのが楽しいわけがない。

 「冥夜でさえ、あの人には振り回されっぱなしだったもんな……なぁ、冥夜。……冥夜?」

 「んあ!? な、なんだタケル。私がどど、どうかしたか?」

 武が話し掛けると、どことなく小さくなっていた冥夜が、慌てたように顔を上げた。

 「い、いや。どうかしたかって言うか……どうしたんだ? お前」

 PXに来た時から冥夜は、どこか様子がおかしかった。
 動作はギクシャクとし、普段は相手の目を見て会話する彼女なのに、なぜか武と目を合わせようとしない。
 まぁ実際は「あわせられない」と言ったほうが正しいのだが。 

 「わ、私はべ、別にどうもしていないぞ。うん、別になにも……う」
 そんな事を言いながら、平静を装い武の顔を見た瞬間、冥夜の顔はぼんっと朱色に染まった。
 駄目だった。武の顔をまともに見られなかった。
 あんな行為をしてしまい、あまつさえ武がその相手だなどと、はしたないにも程がある。
 武があんなに、私の体を貪るなど……いや、ちがう、それは自分の妄想だ。武が悪いわけではない。
 シミュレーターの中などで、備品である強化装備の皮膜を破り――なぜか訓練兵時代の強化装備だった――そのうえ後ろからなど……
 思い出してしまった瞬間、目の前の武と妄想の中の武がフラッシュバックしてしまい、ぼぼんっと、さらに顔が赤くなる。
 そもそも、休憩するために部屋に戻ったと言うのに、なおさら疲れるようなことをしてしまうなど、本末転倒だ。

 武はそんな冥夜を見て、いったい彼女に何がおきてるのかさっぱり解からなかった。
 茜は、なんとなくだが想像がついてしまった。同じ女として。
 霞は、昼間の訓練の疲れか、うつらうつらとしていた。

 「な〜んやぁ? な〜んか面白そうな話してるん〜?」

 そこへ、背後から声がかけられたかと思うと、武の頭の上にのしっと、柔らかくも量感溢るるモノが乗っかってきて、首には武のものではない腕が絡められた。

 「は、濱矢中尉!?」

 茜の声に、後ろから覆い被さってきたのは咲だと知った。もっとも、彼女以外にこんなコミュニケーションの取り方をしてくる人間は、今日までの武の人生において存在しなかったので考えるまでも無いのだが。しかも関西弁だし。
 
 「ごめんなぁ遅れてもうて。シャワー浴びて横になったら、ついウトウト寝てもうてん」

 そう言いながら体を左右に揺する咲。その動きに合わせて、頭上の至福のやわらかさも動き回る。理性をフル動員してその感触に耐える武。
 傍らで冥夜は「シャワー」と言う単語に、またしても顔を染めた。

 「も、もう! 駄目ですって、そんな、白銀に引っ付いたりしちゃ!!」

 茜はそう言って後ろから咲を剥がしにかかる。

 「なんや〜、茜ちゃん。いけずやわぁ。別に、茜ちゃんのやあれへんやろ〜?」

 「な!? あ、当たり前です! いいからホラ、そっちの席へついてください!」

 咲の言葉に茜も頬を染めつつ、しっしっと咲を対面側の席に追いやる。
 軽くなったは良いが、ちょっと涼しく感じてしまう頭の上が、なんとなく寂しい気もした武だった。

 「ところで濱矢中尉、鐘夷少尉がどこいったか知りません? まだ来てないんですよ」

 「おー、かっすみちゃん、ひっさしぶりやー! 相変らずめっちゃめんこいなぁ〜」「むぎゅ、ぎゅー」と、今度は対面の席に座って舟をこいでいた霞に抱きつき窒息させようとしてる咲に武は問い掛けた。
 
 「ん? 鐘やんまだ来とらんのか。じゃあ多分、戦術機のとこやろなぁ……あの子、戦術機弄り始めると時間経つの忘れよんねん。今、この基地には壊れた戦術機がようさんあるしなぁ」

 動きの怪しくなってきた霞を開放して、隣の席に座る咲。
 霞は頭からテーブルに突っ伏して言った。

 「あがー」

 いつ戻ってくるかわからんし、先に食べてまってええと思うよ〜。という咲の言葉に「それじゃそうするか」と従って食事を取りにいくと。

 「おや! 咲ちゃんじゃないのさ! いつ帰って来たんだい。体はもういいのかい?」

 「あははー、おばちゃんおっひさししぶりや〜。今日帰って来たんよ〜」

 と、当然のことではあるが京塚曹長とも顔見知りのようで、色々話が弾んでいるようだった。
 まぁ邪魔する事もあるまいとそっとしておくと、どうやら話が盛り上がってきてしまったようで、ささやかながら帰還パーティをしようということになり、武達の席には次々と料理と飲み物が、咲の手によって運ばれてきた。
 やがてふらっとやってきた芳乃も加わり、少ないながらも賑やかな宴会となった。























 「ふぅ〜」

 武は部屋に入るやそのままベッドに倒れこんだ。
 ひっじょ〜に疲れた一日だった。
 特に終始引っ掻き回してくれた咲のバイタリティたるや、賞賛に値する。
 もしかしたら、武を抱え込んだまりもや、水月たちの面倒を見ていたみちるもこんな感じだったのだろうかと、おかしな共感を感じたりする。
 でも、彼女のおかげで余計な事を考える暇がないのは、ありがたいと言えばありがたかった。
 と、そこまで考えて、そういえば夕呼から預かった帝国軍からの召喚状とやらに目を通しておかなければいけないかと、ベッドから手を伸ばし、机の上に置いておいた書状を取る。
 眠い目をこすりながらそれに目を通していき、そして。

 「…………なんだって!!?」

 ある一文を読んだところで、意識が一気に覚醒し、飛び起きた。





 ――――なお、A-01隊員諸氏には、帝国斯衛軍第19独立警護小隊員へ軍法会議により執り行われる軍事裁判の為、桜花作戦における同小隊長・月詠真那中尉の武御雷無断譲渡についての証言を求めたく――――













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