-------------------------------------------------- ■ MUV-LUV FEXIF -------------------------------------------------- 3月20日 晴れ 来週から私は、「けんじゅつ」と言うものをならうことになりました。 小学校にはいる前から剣道場にかよっていたけど、これからは家にある道場にとくべつな先生がきておしえてくれると言われました。 いっしょに剣道場にかよっていたタケルが、なんだかそれかっこいいなぁーと言ってうらやましがっていました。 父上に、タケルもいっしょにならえないでしょうかと聞いてみたけど、だめでした。 ずっといっしょに剣道をならってきたのに、私はもうあの剣道場には行かなくなってしまいます。少し、さびしい。 タケルにそれを話したら、べつにもうあえなくなるってわけじゃないじゃんなんて言ってはげましてくれました。 うん、そうだ。お引越ししたりするんじゃないのだから、タケルとはこれからもおとなり同士なんだ。あおうと思えば、いつでもあえるよね。タケル。 5月4日 晴れ 中学3年生になってもう2ヶ月がったった。ボヤボヤしていてはすぐに受験だ。 ふと、タケルにその事を聞いてみたら、タケルは白陵柊を目指すなどと言い出した。 タケルの成績で手が届くのか些か疑問ではあるが、まぁやる気になるのはいいことだろう。 才能はあったのだから、剣道を続けていればそっちでの特待入学だって出来たかもしれないのに。今更ながらにもったいないと思う。 私は……どうしようか。父上と母上はそのあたりの判断は私に任せてくれているが、白陵柊なら、分家とはいえ御剣の名を持つ者としても さほど不足のある学校ではない。成績的にも試験に落ちるようなことはまぁ無い……と思う。 しかしまぁ、もう少し考えてみる時間はあるだろう。 2月25日 晴れ よし! タケル共々白陵柊合格だ! まぁ、私は何も不安などなかったがな。タケルが受かるかどうかの方がよほど私の重荷であった。 この数ヶ月、付きっきりで勉強を見てやった苦労を無にされてはかなわんからな。 その辺りでは月詠にまで手を借りるはめになってしまったが、これで報われると言うものだ。 たっぷりと感謝するが良いぞ、タケル。 とにかく、これでまた3年間は顔を付き合わせることになるな。よろしく頼む。タケル。 7月30日 晴れ 姉上が休みを利用して家にやってきた。姉上に会うのは1年振りくらいだろうか。 仕方が無いこととはいえ、一緒に暮らせないのはやはり少し辛い。 とはいえ、こうしてある程度は姉妹として交流はもてるのだから、まだ恵まれている方なのだろう。 しかし、姉上のタケルへのあの接し方はどうにかならないものか。 昔からタケルは姉上のお気に入りであったが、あのようにタケルに抱きついたりするのはさすがにどうかと思う。 タケルもタケルだ。鼻の下を伸ばしおって。まったく、気分が悪い。 8月7日 晴れ タケルと姉上と3人でプールに行った。わくわくざぶ〜んを一日貸切りにしてしまったのは、さすが本家と言うところだろうか。 タケルは始終姉上の水着姿にくぎ付けだったようだ。 まったく、姉妹とはいえ私たちは双子。それほど大きな差など無いはずだ。むしろ胸囲などは姉上よりも私のほうが多少…… いや、やはり私のようなガサツな女よりは、姉上の様に女性らしい柔らかさにあふれる人の方が魅力的なのだろうな。 そんな思いに捕らわれていたからだろうか、タケルに妙な事を口走ってしまった。 私たちの家が隣同士でなかったら、私たちが幼馴染でなかったら、どうなっていたのだろうかなどと。 馬鹿な話だ。普通に考えれば分家とはいえ御剣である私と、一般家庭であるタケルに接点など生まれまい。 全てはあの当時、姉上と引き離されてこちらへ連れてこられた私への配慮として、偶然隣に住んでいた同い年の子供と引き合わせた だけのことなのだ。まぁその後、誕生日まで同じだったことには皆して驚いていたが。 故に、数ある偶然の何か一つでも欠けたら、私とタケルは出会うことは無かったであろう。 この万に一つの偶然の積み重なりには、感謝しても仕切れないと思う。こういうのを運命、というのであろうか。 私たちは、いつまで一緒にいられるだろうな……タケル…… ■10月21日 ――――――くそ、やばいな。 もうシールド10%切ってるじゃねぇか。 もうあと一撃くらったらお陀仏だ。ま、向こうも似たようなもんだろうけどな。 今はお互い身を隠して様子見の状態だが……あんまり時間も無い。さて、あいつめ、どう出てくる? 向こうは機動力重視の機体「シャオ・ミュン」。イマイチ有効な遠距離攻撃はもってないからおそらくスピードで撹乱して突っ込んでくる。 懐に入られたらお終い、それまでに一発あてられればこっちの勝ち。現状多少有利なのはこちらだろう。 ――!! レーダーに反応!? ミサイルか!? 仕掛けて来やがったな!! ホーミング性能の低い「シャオ・ミュン」のミサイルなんか当たりゃしねーけど、そんなことは向こうも百も承知! レーダーをジャムらせてオレを燻り出す気だな? 下手に顔を出すと狙い撃ちされるか……ここは我慢比べか! ――――――ミサイルが撃たれる瞬間レーダーに映ったあいつの座標からここまでのタイミング……3……2……1……今! 隠れていた建物の影から我が愛機「カイゼル」を発進させる! あいつの予想進路に向けてライフルを構えて……いねぇ!? 瞬間、回復したレーダーにあいつの機影が映る。 後ろ!? やられた!! 咄嗟にそっちへ機体を向けて矢継ぎ早にサーベルを振る! くぅ! 間にあわねぇ!!! ズゴゴゴゴゴゴ…… シートがガクガクと揺れ、「カイゼル」が爆煙を上げながら地面に膝をつく。 くっそーっ!! 撃たれたのとは反対の方へ逃げる心理を突いてくると思ったのに、その逆かよ! 逆から回り込むなんて自分のミサイルで自殺になりかねないじゃないか! くそー、見事に裏をかかれるとは屈辱だーっ。次は負けねぇからな! 敗北メッセージをキャンセルしようとレバーに手を伸ばしてトリガーを連打する……もにゅもにゅ。ん? なんだこれは? トリガーはいつからこんな柔らかくなった? もにゅもにゅ……ヤワラカイ…… 「……何をしている。タケル」 もにゅもにゅ…… 「……なんだ……? 冥夜か……」 「冥夜ちゃ〜ん、バカ息子起きた〜っ?」 おふくろの大声も聞こえる。……もにゅもにゅ…… 「で? いつまでそうしておる?」 「んん……?」 ぼんやりした頭で自分の手元を見る……もにゅもにゅ…… 「これは、結構なお手前で……」 もにゅもにゅもにゅ…… 「お褒めに預かり恐悦至極だな」 えーと……冥夜がベッドに手をついて俺の顔を覗き込んでいて、俺の手が掴んでるのは……冥夜の……胸……? ――――――ぼやけていた脳が一気に覚醒する。 「どおぅわぁああああああああ!! ふごっ!!」 慌てて飛びのいて、壁に後頭部を激突させた。目の前に星がちらつく。いって〜。 「今に始まったことではないが……失礼な奴だなそなたは」 冥夜の拗ねた声。ぶつけた後頭部をさすりながら謝る。 「や、す、すまんっ。その、寝ぼけてたせいでだなっ、不可抗力でだなっ……」 「気にするな、別に……よい。それよりぶつけた所、大丈夫か?」 え、そうなの? ああ……まぁ、そうか。冥夜も俺も兄妹みたいなもんだからなぁ。でもまぁ、だからって気にしないわけにもいかないよな。 「ああ、大丈夫……とにかく悪かった。着替えて顔洗ってくるよ」 「うん。今日はそなたの父君達の出張用の買い物に行くのであろう? 下で待っているぞ」 そうだ。今晩から俺の親父がしばらくの間出張になって、お袋もそれについて行くんで、それに必要な買い出しに俺が行かされるんだった。 まったく、なんで俺が行かなきゃならないんだか……。まぁいいか、明日からの自由な生活を思えばこれくらいはな。むふふ。 「了解。すぐ行くよ」 冥夜と二人、柊町駅に向って歩いていく。 毎度の事ながら、こいつと街を歩くとどうしても俺は引きたて役になってしまう。 見た目も、贔屓目に見たって美人と言って差し支えない容姿だし、颯爽としていてとにかくカッコイイ女なのだ、こいつは。 今でも下駄箱に手紙が入ってるのは珍しいことでもないようだが、白陵柊に入って少しした頃はその辺りの事で俺と周囲とでちょっとしたいざこざもあった。 まぁ、それだけの人気者……言わば学園のアイドルみたいな存在が、全てのアプローチを断りながら、幼馴染とはいえ俺みたいな冴えない男といつもに一緒にいるんだから、そりゃやっかまれても仕方ないとは思う。 御剣なんて名前をもつ家の娘が、告白されたからってそうホイホイと男と付き合ったりは出来ないんだろうけどな。まぁ、告白してくるのは男だけではないようだが。 俺としては、一緒にいることでそんなのを少しでも減らせられるなら、多少のごたごたに巻き込まれるのはかまわないかと思っている。こいつには何かと面倒かけて来ちまったし。 「どうしたタケル? 黙りこんで」 「ん? 別になんでもねーよ。……ちょっとさっきの感触を思い出しちまってただけだ」 「なっ!?」 手をわきわきとしてみせる。まさか今考えてたような事を口に出すわけには行かない。 「ば、ばかもの! 気にするなとは言ったが、それはそれで礼儀と言うものがあろう! だからそなたはデリカシーが無いと言われるのだ!」 「へいへい。わかりました、さっさと忘れますよ〜」 「む、むぅ……それはそれで何か引っかかる気もするが……」 どうすりゃいいんだっての。……ってお前、なに自分の胸まさぐってんだよ。 「……し、してタケル? ど、どうであった?」 「へ?」 「わ、私の胸はその……なにか、おかしいところなど……無かったか?」 「え"、い、いや……すげぇ柔らかかったけど、べつに何も……って、な、なに言わせんだアホたれ!」 ぺしっ、と冥夜の頭をはたく。 「な、なにをするか! 仕方なかろうっ、このようなこと聞けるのはそなたくらいしかおらんのだからっ」 「だからって男の俺に聞くなっつーの! 月詠さんか悠陽ねぇにでも聞けよ!」 「聞けたら聞いている! 姉上は次にいつ来れるかわからんし、そも月詠に聞いたところで通り一遍答な答えしか返ってこんっ」 「大体! 事故とはいえさっきのお前の以外触ったことなんかねぇんだから、おかしいかどうかなんてわかるわけ無いだろ!」 「何をぬかす! 姉上にあれほどくっついていながらっ」 「俺からくっついてるわけじゃねぇ!」 通りの真ん中で顔を突き合わせて威嚇しあう俺たち。 ふと、周囲の視線が俺たちに集中していることに気がつく。 やべ……こんなん傍から見たら痴話喧嘩以外の何物でもないじゃんか……恥かしすぎる…… 冥夜もそれに気がついたのか、しまったと言う顔をしている。 「ん、ごほん。すまぬ、取り乱したな。行くとしよう」 「あ、ああ。そうだな」 二人そそくさと、その場を後にした。 「しかしまぁ、文化祭も終っていよいよ秋って感じだなぁ……」 橘町についた俺たちは一通り買い物を終えて、今は少しぶらついていた。こっちに来るの結構久しぶりだしな。 「そうだな……日も柔らかくなり、空もだいぶ高くなった……」 空を見上げ冥夜がつぶやく。 つられて俺も見上げると、澄み切った青の、高い空に飛行機雲が走っていた。 「秋と言えば食い物の秋! って、そういや腹減ったな。なんか食って帰るか?」 「うん。そのように申し付かっている」 「そういや冥夜んとこはもう秋らしいものは何か食ったか? ウチはいまんとこ秋刀魚くらいしかねーけど、お前んとこならそりゃ豪勢なもん出てそうだよな」 なんだかんだ言ったって、コイツが金持ちのお嬢様であることは事実だしな。普段は全くそんなこと忘れちまってるけど。 「そうだな……このあいだ姉上から松茸が届いたぞ。所有地内で栽培された天然物だ」 「なに!! ハグォ!!」 ぐおぉ……驚いた拍子に電柱に後頭部を……しかも朝と同じところ…… 「だ、大丈夫かタケル。 なにもそのように、電柱をよけそこなうほど驚かなくとも……」 「だ、だってお前、マツタケだぞマツタケ! 山キングマツタケ様だぞ!」 ぶつけたところをさすりながら涙目で訴える。うわ、こぶになってるよ…… 「そなたが自分で言ったのではないか『お前んとこならそりゃ豪勢なもん出てそうだ』と」 「そうだけどよぉ。まさかいきなりTOP1が出てくるとはよぉ……くそう、いいなぁ。マツタケ様かぁ……」 網焼きに……土瓶蒸しに……炊き込み御飯に……うお、考えただけでよだれが…… 「悔しがらずとも、姉上からタケルの家にも届いているはずだぞ? 添えられた手紙にそのように書いてあった」 「マジか!? 全然そんな様子無いぞ!?」 「おかしいな。さすがにもう、届いていないはずは無いのだが……」 ん〜〜? どういうことだぁ…………? 「あ!! さてはあの夫婦め……てめぇらだけで楽しみやがったな!」 「ふむ……あの御仁達であれば、そのくらいはやりそうではあるな」 「くっそー、ゆるすまじぃ〜〜」 拳を握り締め気炎を上げる。マツタケの恨み、ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カ! 「まぁよいではないか。そうだな、今晩からそなたのご両親は家を空けるのだし、今日の夕食は我が家で食すといい。その旨月詠に伝えておく。松茸もまだ残っていよう」 「ほんとか!?」 「こんなことで嘘をついてどうする。そなたの母君より、留守の間よろしく頼むと言われてもおるゆえな」 「むむむ……イマイチ釈然としないものが……」 「松茸はいらぬか?」 「いえ、いただきます」 「ならばそれでよかろう。してどうする? 昼食は何にしようか」 「ん〜そうだなぁ……あんまり持ち合わせないしな……」 「それは大丈夫だ。母君より昼食代は預かっているからな」 「何ィ!? それを早く言え! 行くぞ!!」 冥夜の手を取って引っ張り歩きはじめる。 「あっ! どこへ行くつもりだ?」 「決まってる! 『すかいてんぷる』だ!」 「なんだと!?」 ファミレス侮りがたし! 今、秋の味覚キャンペーン開催中なのをしってるか? オレは知ってるぞ! ああ、チェック済みだともっ。 燦然と輝く山キング、松茸御前¥1.890!! さすがにファミレスで嘘はつくまい。本物の松茸だぞ! あ、炊き込み御飯大盛りで+¥150ナリ。 くっくっく……結局は落ち着くところに落ち着くらしいな。 「そなたは私にあの店に行けと申すのか!」 「へ?」 「御剣と大空寺の関係はそなたも知っていようっ」 「え? あ……ああ、そうか……でも、べつにお前が直接どうこうって話じゃないだろう?」 いろんな意味でライバルだってことだろう? まぁ、一代でのし上ってきた大空寺と百年単位で歴史のある御剣とじゃ地盤の差がかなり大きいらしいけど。 「だからと言って軽んじていい問題でもないのだ。特に私の立場は微妙でもあるしな」 確かにな。正当な御剣本家の血をひきながら、しきたりによって分家に出される。でもその分家も、分家とはいえ同じ苗字を許されているくらいの家だ。 そんな中でのお前の立場は微妙なんだろうな。 「ん〜……わからないではないけどさ……。なんか、少し違うような気もするよな、そういうのって」 「なにが違うと言うのだ?」 「いや、うまく表現できねぇけど……。なんつーのかな、例え敵で、明日は殺しあう身でも、気が合ったなら今日は酒を酌み交わすって言うのかな……?」 ちょっと前にやったゲームの台詞の受け売りだけどな。あの生き様には感じるものがあったから。 「…………」 「別に、仲良くすべきだとかそういうんじゃなくて、そんな心構えがないと、いろんなしがらみでがんじがらめになると言うか……」 「…………」 特にお前は、その微妙な立場でこれから先、それこそがんじがらめにされそうで…… 「いや、いいんだ。うまく言えねぇし、お前の事情はわかるしな。松茸御前は惜しいが……この辺に『ろいやるそーど』はねぇしなぁ」 『ろいやるそーど』通称『ろいそー』は御剣資本のファミレスチェーン店だ。 『すかいてんぷる』通称『すかてん』がそれこそファミリー向けの軽い店風なのに対して、値段は『すかてん』よりも少しだけはるが高級感を売りにしている。 ただ、今現在『すかてん』に対して一歩遅れをとっていると言える状況のようだ。 やっぱ今の御時世、高級感よりも割安感なんだろうな。 「そうか……。ふむ、確かにこの近辺には御剣系列の店はないが……それよりももっと根本的な問題もある」 「ん?」 「昼食予算は一人1000円までだ」 ガ――ン!! あ、あ、あんですと〜〜〜〜〜〜っっっ!? 「秋の日差しとはいえ暖かいな、今日は」 結局俺たちの昼飯はコッテリアのハンバーガーを海浜公園で食うことに落ち着いた。 芝生脇のベンチに陣取りながらコッテリア名物のダマスカスバーガーをぱくつく。 「しかしま、松茸御前のはずが、思いがけず貧相な昼飯になったもんだな」 「まだ言っておるのか。松茸は夜に食べられるのだから別によかろう」 「そうだけどさ〜。別に、うまいものは何度食ったっていいじゃんか。まぁ、お前んとこの天然物にはかなうわけないだろうけどさ。でも、だからこそ天然物の美味さをしっかり理解する為にも、俺は『すかてん』の松茸御前を食せねばならなかったのだっ」 「何を力説しておるのやら……。まぁ、言わんとするところは理解できないでもないがな」 「ほう、そうか?」 「そなたとは少しばかりベクトルが逆になると思うが……美味いものばかり食べていればそのうちそれが普通になり、そこに何ら感慨は生まれなくなる。粗末なものの中に混ざるからこそ、豪華なものはその魅力を最大限に発揮する。世の中に豪華なものしかなければ、それは豪華でもなんでもない。単純なことであるが、それゆえに人はそれを見失いやすい。それを理解していなければ、引いては人々の求めるものを見極めることが出来なくなる……違うか?」 「うわ、すげぇな。ずいぶん大げさな話になったもんだ」 こういうのを帝王学って言うのか? 違うか。 「そうか? そなたが言っていることはそういうことだと思うが」 「俺がそんな大それたこと考えてるわけ無いだろう? 別に俺は人を導くような立場にはいないんだからよ」 「わかんらんぞ? 世の中何がどうなるか。例えば……そうだな、そなたと私が…い、一緒になるようなことでもあれば、少なからずそなたはそういう立場に立つことになろう」 「ぶっ!」 突然何を言い出すかなこのお姫様はっ。 俺と冥夜が結婚なんて……そんなこと現実に出来るわけ…… ――――――――――――――――――おまえ、おれのおよめさんになれ――――――――――――――――――――― 「――――っ!?」 「ん? どうしたタケル?」 「い、いや……なんでも……」 ……今のは……そういやぁ俺……昔、コイツととんでもない約束をしたような…… 「話を戻すがな、タケル」 「え?」 「私は、好きだぞ」 「ぶふ――――っ!!!」 な……な……なな……っ、一体なにをっ!!! 「先ほどからなにを悶えておる……少しは落ち着いて食べたらどうだ……」 「な、おま、そんな…さらっとなにを言って……」 「うん? おかしな事を言ったか? 私は好きだぞ? こうして空の下、そなたと食事をするのは。お粗末な食事でもな。」 「へ……?」 「最近はいささか機会は少なくなってしまったが、以前は下校時など結構こうして外で食べることもあったではないか」 「あ……ああ、そういう……こと」 ぜぇ……ぜぇ……勘弁してくれ……心臓に悪いぜ……。 「小さい頃も、あの公園でよく買い食いしていたな、ふふ……」 「公園……」 「うん。学園へいく途中にも前を通るあの公園だ」 「ああ、うん……あの公園ではいろんなことやったもんだ」 小便飛ばす高さを競ったり、砂場にカエルを強制冬眠させたり、落とし穴掘ってイヌの糞入れて罠作ったりな…… 「そういや、いつの間にかあそこの滑り台とかベンチとか、変わってたよな。」 「そうだな。これが時の移り変わりと言うものなのだろう」 「…………」 「最近では、あそこで遊ぶ子供もほとんど見かけなくなった」 確かに、俺たちがガキの頃は結構な人数の子供があそこで遊んでいた。 冥夜も結構、俺と一緒になって転げまわっていたし、たまに悠陽ねぇが来た時なんかは3人で、それこそいろんなことをした。 ……悠陽ねぇのお医者さんごっこには、子供心に恐怖を覚えて逃げ回ったが……今でも悠陽ねぇにどうにも逆らいにくいのは、ぜってーあの頃のトラウマだよな…… そして……俺はあそこでコイツと…… ――――――――――――――――――おまえ、おれのおよめさんになれ――――――――――――――――――――― 「………………約束……か」 「うん? 何か言ったか? タケル」 「いや、なんにも。食い終わったなら、そろそろ行こうぜ。あんまノンビリしてると親父達の出発に遅れちまいそうだ」 「うん、そうだな」 食べたもののゴミを一まとめにしてゴミ箱に放り込み、俺たちは帰路についた。 「父君と母君は、もう出立されたのか?」 「ああ、なにが楽しいのか知らんけど、夫婦そろってニコニコ顔で出て行ったよ」 俺たちは今、冥夜の私室で食後のお茶を飲んでいる。 この部屋の窓は隣に建つ俺の家の俺の部屋の窓とほんの1mほどの距離で向かい合っていて、普段は窓越しでよく会話するのだが、まぁ今日はこちらにお邪魔したのもあって態々そんな事をする必要もない。 もちろん、最高の松茸料理をご馳走になったあとだ。さすがは天然物と言うことなのか、もう泣けてくるくらい美味かった…… そういえば、冥夜の部屋に入ること自体はさして珍しいことでもないが、さすがに最近はあまり来ることも無くなって、結構久しぶりな気がする。 べつに、なにを意識する必要も無いはずなんだけど、なんかちょっと緊張するな。 部屋はその主の人となりを表す、なんて言うけど……なるほど、わかるような気はする。 冥夜の部屋はあまり飾りっけは無く、質素と言っていいだろう。かといって無味乾燥ってわけでもない。なんと言うか、冥夜の邪気のない心根を表してるように感じる。 「ふふ、そうか。まぁ、夫婦仲が良いのは結構なことではないか」 「まぁなぁ……あの夫婦の場合はまた別の問題がある気はするが……。でもまぁ、これで俺は晴れて自由の身だ。……ふっふっふ、明日から学校行く自信なくなっちゃうよなぁ……」 「む、そうはいかぬぞ。しっかりそなたを監督してくれと申し付かっているからな。自由などないと知れ」 「なんだとう」 「まぁそれはよい。ところで……」 「ん?」 「タケルは……今日のデ、デートはどうであった?」 「―――っ!?」 あ、あぶねぇ。危うく紅茶をぶちまけるところだった。 「私は……久しぶりにそなたと外出できて楽しかった」 「デデ、デートって……べつに、ちょっと買い物に出ただけじゃんかっ」 「一緒に買い物に行って、食事して……こういうのはデートとは言わぬのか?」 「いや、その……ってか、なんかお前今日変じゃないか? 妙なことばっかり口走ってるような……」 「ふむ……そう、か。変……か?」 「いやぁ……まぁ、なんつうかな……」 「………………」 「……まぁいいけどな。俺も、今日は楽しかったしさ」 「そうか……ならば良かった」 沈黙が流れる。 思い返してみれば、本当に今日の冥夜は変だった気がする。なんか、悩みでもあるんだろうか。 冥夜が悩むほどのことなんて、俺には到底力になれるようなことではないだろうけど…… 「冥夜、なにか……悩みでもあるのか?」 「え?」 「いや、さっきも言ったけど、なんか様子が変だからさ……俺が助けになれるとも思えないけど、聞くくらいはできるから」 「……タケル」 冥夜の瞳が俺を見つめる。 あまりにも恥かしい台詞を口走ってるんで目をそらしたくなるが、ここでそらしたら信用などしてもらえないだろうから、がんばって耐える。 少しの間見つめあう形になったあと、冥夜は軽く息を吐いた 「ふふ……、ありがとうタケル。大丈夫だ、特に悩んでいるわけでは無い」 「……そうか。ならいいけど」 「心配させてしまったようだな。すまない」 「いや、べつにいいんだけど。それじゃ、俺はそろそろ帰るよ」 「そうか? ゆっくりしていけば良いものを」 「そういうわけにもな。紅茶ごちそう様。じゃあ、また明日な」 「ああ、また明日」 帰り際、廊下で冥夜の専属侍従である月詠さんに会ったので、晩飯のお礼を言って隣の我が家へと帰った。 親父もおふくろも出かけてドリコスもやり放題だと言うのに、あまりやる気も出ない。風呂に入って早々に寝ちまうか……。 ■10月22日 「ん……む……」 カーテンの隙間から差し込む光が俺の顔を照らす。毎日のこととはいえ、まぶしいなぁ……。遮光カーテンが欲しい……。 そんな事を思いながらベッドの中で、もそもそと光に背を向ける。 ……ん? なんか、布団の中にでかい荷物がある……俺、抱き枕なんか持ってないし……あったとしても抱いて寝た記憶なんか無いぞ……。 触れてみると、暖かくやわらかい……もにゅもにゅ……ヤワラカイ……? なんか、つい最近同じ感触に触れたような……。 ……ゆっくりと上半身を起こし、布団をめくってみる。 「―――っ!!!」 思わず声をあげそうになった。果たしてそこにあったものは…… 「…………なにやってんだよ、お前……」 「ん……んン?……朝、か……? 今何時だ?」 ベッドの中で俺の寝巻きを掴んで眠っていた冥夜さんがお目覚めになられました。 「ふぁ……ふ……。おはよう、タケル」 「おはよう、じゃねぇっ! 一体何のつもりだ人のベッドにもぐりこんで! 大体、どうやって入りやがった。玄関の鍵は閉めたぞ、俺」 こら、のんきに伸びなんかしてんじゃない。う、緩んだ寝巻きの胸元が……おまえ、ブラしてないんだな……って、ええい、さっさと直せっ。 「ふぅ……朝から騒々しいなそなたは。もうすこし落ち着きをもった方がよいぞ。鍵は……ほら、そなたの母君より預かっている」 袂からウチの鍵を取り出してチャラつかせる。おのれおふくろ。先手を打っていやがったか……あ。 「じゃあ昨日の、俺に自由などないと知れ、ってのは……」 「ふふ、そういうことだ。だらけた生活など許さぬから、覚悟しておけ?」 む……ぐぅ……しまった、チェーンロックまでかけておくべきだったか…… 「だ、だからって……なんで俺のベッドで寝てんだよっ。わざわざこっちで寝る必要なんて無いだろうがっ」 「ふむ……そうだな……少し早めにそなたを起こしにやってきたのだが、つい釣られてそのまま二度寝してしまった、のだ。許すがよい」 なにその棒読み。 「じゃあなんで寝巻きなんだよ」 「ふむ……そういえばそうだな。まぁよいではないか。男子たるもの細かい事を気にするでない」 「そういう問題じゃあ……」 「迷惑だったのなら謝る。下で月詠が朝食の用意をしているはずだ。着替えて顔を洗って来るがよいぞ」 「べつに、迷惑ってんじゃないけど……」 「そうか、ありがとう」 そう言いながら冥夜は部屋を出て行った。あいつがなにを考えてるのかさっぱりわからない……。俺はどういう対応をすればいいんだ……? 「それでは月詠、行ってくる」 「行ってきま〜す」 「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ、タケル様、冥夜様」 門まで見送りに出てくれた月詠さんに挨拶をして学校へ向う。 今日も天気は秋晴れか。そういや結構長いこと雨降ってないよな。まぁ、降らないにこしたことはないけど。雨の日ってあんまりいい思い出ないしな。 「今日もいい天気だな、タケル。もう結構長い間雨が降っていないとは思わないか?」 お前、何時の間にテレパシーなんて身に付けたんだ? 「降らなくて結構だよ。雨の日ってあんまりいい気分じゃない」 「個人的には私もそうだがな。しかし、あまり長く雨が降らないのもいろいろと問題が出てくるのは確かだ」 オレたちがそんなマクロな事を考えたってしょうがないだろ……いや、コイツの場合はそうでもないのか。 「まぁべつにどっちでも良いさ……ところで冥夜」 「なんだ?」 「ウチの鍵返せ」 「断る」 速攻だなオイ。 「俺が大人しく言ってるうちに返せ。前に俺の言葉は尊重するとか何とか言ってただろ?」 「そなたの言葉でも譲れないものはあるのだ」 「冥……」 「却下だ」 ……………………ふぅ……。 「冥夜ァァ〜〜〜〜〜ッ!!」 「ならんならんならん! 絶・対・ならん!!」 逃げる冥夜を追いまわす俺。さすがに剣術の免許皆伝だけあって、冥夜の身のこなしはスピーディでなかなか捕まえられない。 捕まえたとしても簡単にすり抜けられてしまうのだろうが、だからと言ってせっかく手に入れた自由を手放すわけにはいかないのだよ! ――――――この時、ほんのすぐ傍まで、運命の歯車をまわす鍵がやってきている事を、俺は、知らなかった―――――― 「まっちゃがれ冥夜ァ!」 「御剣の名にかけても、コレを渡すことまかりならん!」 通学に使ってる道を走り、昨日の話題にも上がった公園の前を冥夜が駆け抜け、逃げられてなるものかと俺も走る速度を上げた時、公園の門から誰かが飛び出してきた。 「うわ、あぶね!!」 「きゃあっ!」 さすがにかわしきれず、飛び出してきた人影を抱き込んで、俺が下になるように身を捩って倒れ、そのまま少しアスファルトの上を背中で滑った。 「だ、大丈夫か!? タケル……なぁ!?」 「ん、んんぅ〜〜〜〜……っ!!!」 打った背中の痛みを堪えながら目を開けると、見知らぬ女の子の顔が間近に……って、まて! ……この位置関係で、この唇に感じる感触は……!? と、とりあえず慌てて顔を離す! 「あっつつつ……君、大丈夫か?」 結構強く打ったみたいだな、背中。 起き上がりながら俺の腕の中で固まっている女の子に声をかける。 ……この辺じゃ見かけた事のない娘だ。赤味がかったロングヘアーを背中の辺りで黄色い大きなリボンで結んでいて、頭の天辺からひょこっと一房はねた髪が揺れている。あれ? この制服って……白陵? 「ふ、ふぇ……?」 女の子も硬直から脱したようだ。 「ごめん、不注意だった。 どっか怪我とかしてないかな?」 「え、あ、はい……大丈夫、だと……」 まだちょっと混乱しているようだけど、とりあえずは大丈夫そうか? 「そか、じゃあ、ちょっと上から、どいてもらえるかな……膝が鳩尾に入ってるんだ……」 「え? ……ああ! ご、ごめんなさい!!」 赤毛の女の子が慌てて俺の上からおりる。続いて俺も、制服をはたきながら立ち上がる。背中を払うと、結構な痛みが走った。制服も穴あいたっぽいな……。 「謝るのはこっちだよ。怪我がなくって良かった。本当、ごめん」 「う、ううん、いいの。私も少しボケっとしてたから……」 お互いに謝りあってると、冥夜がなにか深刻な顔で寄ってきた。 「大丈夫か? タケル。 背中が少々ひどいことになっているが……」 「え?」 「ああ、大丈夫。結構強く打ったみたいだけど、外傷はないと思う。打ち身だろう」 「そうか? ならばよいのだが」 冥夜はずっと剣術を習ってきた身だし、俺も中学に入るくらいまでは剣道をやっていたのもあって、こういった怪我についてはある程度慣れっこだ。深刻なダメージがあるようならばすぐにわかる。 「たけ、る……?」 「「え?」」 赤毛の女の子のつぶやきに、俺と冥夜の声がハモった。 「しろが、ね……たける……?」 「そうだけど……なんで俺の名前を……」 「たけるちゃん!!!!!!!」 赤毛の女の子がいきなり俺に飛びついてきた。しきりにタケルちゃんタケルちゃんと呼んでいる。この呼び方……どっかで聞いたような……。 ――――――――――――OPテーマ 『マブラヴ』 MUV-LUV FEXIF 「………………」 「………………」 会話がねぇ…… 俺と冥夜は今、学校に向って白陵柊学園名物『地獄坂』を登坂中だ。 例の赤毛の女の子はひとしきり俺に抱きついて名前を呼んだあと、いきなり我に返ったらしく、ぺこぺこ謝りながら去っていってしまった。一体なんだったんだか……まぁ、あのことに気づいていないようだったのが幸いだが……。さすがにあれはちょっと洒落じゃすまない。認めねぇ、あんな王道絶対認めねぇぞ! どこの蜜柑道路だってんだ、全く。 とりあえず遅刻するわけにも行かないのでこうして学校へ向って歩いているが、冥夜はあれからなにか思いつめた顔で考え込んでいて全く会話がない状態なのだ。なんつーか俺の方にやましいことがあるせいか、気まずい……。 しかも、上着を脱いでいるもんだから、さすがに朝の空気もあって肌寒い。 「っくしっ! さすがに冷えるな、こりゃ」 「すまぬ。何もそなたに着せてやれるようなものは持っていないのだ」 お、返事をしてくれた。 「ああ、いや。気にすんなよ。そんなもん持ってなくて当たり前だ」 「破れてしまっているとはいえ、上着は着ていた方が良いのではないか?」 「ん〜。でも、こんなん着てたらやたら注目浴びそうだしなぁ」 さすがにこんな、破れて穴あいてびろ〜んとなったのを着るのは恥かしいもんがあるだろ。幸い予備は家にあるからいいけど。 「…………タケル?」 「んあ?」 「聞いても……よいか?」 「なんだ?」 「先ほどの、女子のこと……だ」 「む……ああ……」 そりゃ、気になって当然だよなぁ……。あの呼び方に引っかかる部分もあるんだが……心当たりがないんだよなぁ……。 「あの者とは、面識が会ったのか?」 「いや、それが全然思い当たる節がない……。あの制服、白陵のだったよな? しかも俺たちと同じ学年だ。お前、学校であんな赤毛の子、見かけたことあるか?」 「ない、と思う。あのような見事な赤毛、一度見かけたら忘れはしないと思うしな」 「だよな。俺も見かけた記憶はない。でも、俺の名前を知ってた……」 「そなたとは長い付き合いだが、私はそなたをあのように呼んだ者を知らぬ」 「タケルちゃん……か」 自分でつぶやいて、その呼び方にちょっとドキリとする。なんなんだろう……。 「まぁ、いくら考えたってわからねぇもんはわからねぇ。やめようぜ、気にすんのさ」 「しかし……そなたは先ほどあの者と……」 「え?」 「…………いや、よい。そうだな、考えたところでわからんか」 「そうそう。考えるだけバカらしいぜ」 「ふふ、そなたはもう少し、色々考えた方が良いと思うがな」 「なにおうっ」 「ふふふ」 よかった。笑ってくれたか。 「でだ、冥夜」 「うん?」 「鍵返せ」 「断る」 はえぇ! はえぇよ!! 「お〜ま〜え〜な〜」 がばっと冥夜を抱き込んで鍵を探す。 さっきの出来事が効いてるのか、走って逃げるようなそぶりはない。それはそれで好都合ナリ。 「ぬあっ、こら、なにをするっ、やめんかっ」 「みっけ」 上着のポケットから鍵を発見! 捕獲します! 「そうはさせぬ!」 俺が抜き取ろうとした鍵を冥夜がさっと掻っ攫っていく。ぬう、手の早い奴だ。 「よこせ〜〜〜〜」 彼奴の手にぶら下がる我が家の鍵めがけ吶喊しようとしたとき、冥夜は笑みを浮かべ、驚くべき行動に出た。 「ふ。取れるものなら取ってみるがよいっ」 「なにー――――っ!!!!?」 冥夜はなんと、自らの制服の襟元を引っ張り、その中にかぎを落としたのだ! なんと言う一撃必殺技! ある意味固有結界! 「ふふふ、どうした? 取らぬのか? 私はかまわぬぞ?」 その胸を堂々とそらし、余裕の声で挑発してくる。 「ぐ……ぐぐぐぅ……」 くぬぅ……万事休す、か…… 「私の勝ちのようだな。潔く諦めるがよい」 ここに勝負は決したのだった。さようなら俺の自由。無念ナリ。がくっ。 きーんこーんかーんと予鈴は響く。 別段急ぐ必要もなく俺たちは教室についた。 「あら、おはよう御剣さん。白銀君」 「おはよう榊」 「う〜さみさみっ。う〜っす、委員長」 教室に入ると、我が3年B組クラス委員長である、『委員長』こと『榊千鶴』女史が声をかけていらっしゃいました。 「どうしたの? 白銀君。 制服も着ないで」 やっぱり寒空の下、上着も着てないのは奇異に写ったか早速疑問を口にして来た。 「いや、来る途中にちっとこけちまってさ。 ほら、見てのとおり背中びりびりになっちまったもんで」 破れた制服を広げてみせる。 「こけたって……結構すごい破れ方してるみたいだけど、体は大丈夫なの?」 「ああ、そっちはまぁ、背中に打ち身くらいだと思う」 「そう……気をつけなさいよ、まったく。あんまり御剣さんに心配かけないようにしなさい」 「む」 言われ、冥夜と顔を合わせると、ちょっとばつが悪そうな顔をしていた。 ――――――カロンカロ〜ン。 お? この、大きさゆえにもはや鈴と言うよりもカウベルといった方が近い音は…… 「この音は、珠瀬が来たようだな」 廊下を覗いてみる。おー、いつものごとく走ってんなぁ。 「ぢ〜ご〜ぐ〜ず〜る〜……あ、ぎゃふー」 何もないとこでこけるなよ……って、あんまり人の事言えないか、今日の俺は。 ぶつけた頭を抱えてしゃがみこんでいるたまの周りに集まる。 「たま、大丈夫か?」 「いたっ! いたっ!」 「大丈夫か? 珠瀬」 「いたっ! いたっ!」 「大丈夫? 珠瀬さん、もう少し余裕を持ってくればそんなに走らなくて済むのよ?」 「はう〜……あ、たけるさん、冥夜ちゃん、千鶴ちゃん、おはよ〜」 「おう、はよ。元気そうだなたま」 「おはよう珠瀬」 「おはよう。早速だけどほら渡り廊下、神宮司先生歩いてる。教室に入りなさい」 ん? あ、ほんとだ。今日はまりもちゃん早いな。いつもはもっとノンビリしてるのに。 「ほら、白銀君も」 「ん、ああ」 委員長に言われるまま教室に入って扉を閉めると、廊下からまた誰かが走ってくる音が聞こえた。そしてすぐに、今俺が閉めた扉がまた勢いよく開かれた。 「ひゃー、まにあったー。滑り込みセーフだね」 「珍しいな、柏木。お前さんが駆け込みとは」 入って来たのは白陵柊女子バスケ部元エース、柏木晴子。 「えっへへ。弟のお弁当作ってておそくなっちゃったよ〜」 そうか。確か柏木には弟が二人いるって話だったな。色々面倒見てんだな。 「はいは〜い。みんなおはよう〜。席ついて〜」 続けて我が3年B組担任の英語教師、神宮寺まりも(28・独身)のご登場だ。 柏木、マジぎりぎりだったな。 「きり〜つ……礼……着せ〜き」 委員長の号令に合わせて礼をして着席。 「それじゃ出席とるわね〜。ええっと、今日の欠席は……まず鎧衣さん、っと」 ん……? そういや美琴の奴いないな。また親父さんに連れまわされてんのか? ……なんだよ、ゲーセン寄ってけねーじゃん。夢で受けた屈辱を晴らしてやろうと思ってたのに。 女だてらに俺と互角の勝負をするお前は、貴重な対戦相手なんだぞ。……やっぱり冥夜にも教え込むかなぁ。 「鎧衣は、今度はどこに行ったのであろうな」 俺の隣の席に座る冥夜が話し掛けてきた。 「そうだなぁ……やれアフリカの奥地だの無人島だのに連れてかれる奴だからなぁ……」 「予想するに、中国新疆ウイグル自治区喀什あたりであろうか」 「どこよそれ」 っつーかえらいピンポイントじゃね? 「まりもセンセー、美琴ちゃんはどうしましたか〜?」 「えっと、カナダのサスカチュアン州アサバスカ辺りだって今朝お父様から連絡があったそうです」 たまの質問にまりもちゃんが答える。……あさばすか? 「あと欠席は……彩峰さんね……」 こっちもべつに珍しいことじゃないか……今日はどっかで野良猫に餌でもやってんのかね。 「まりもセンセー、慧ちゃんはどうしましたか〜?」 「さあ、彩峰さんは連絡受けてないわねぇ。」 さぁ、って…… 「さて、それじゃあ今日は、皆さんに大ニュースです」 ん? なんだ? 新しい彼氏でも出来ましたか、まりもちゃん。 「転校生を紹介しま〜す」 はぁ? 3年の2学期に転校っすか。2ヶ月前にD組に転校してきた奴といい、そんな奴結構いるもんなんだな。 「ちなみに女の子よ。白銀君、よかったわね〜。さ、入ってきて」 なにゆえオレ指名ですか。ってか冥夜、なぜ睨む? 「し、失礼しますぅっ」 「「――――――――!!?」」 ドアを開いて入って来たのは……赤毛を黄色いリボンで結んだ…… 「鑑 純夏です。残りの時間はあまり長くないですが、よろしくお願いしますっ」 『『なっ!!!!! なんだってー――――――ーーっ!!!!??』』 俺と冥夜のシンクロした叫びが、教室を振るわせた。 ――――――――――――――――――――そして、歯車は回りだす……――――――――――――――――――― ……………………つづく? |
……てなわけで、続くかどうかわかりませんが『タケルと冥夜が幼馴染設定のMUVLUV』の第一話です。 物語の始まり、起承転結の「起」の部分と言うこともあって、殆ど本編をなぞる形になってしまいましたね……しかもなぞってることにおんぶして情景描写を投げて会話ばっかりです(汗) スーパーライトノベルってところでしょうか……。 本当は挿絵を入れたい気持ちもあるのですが、そうすると公開がしばらく出来なくなりそうだったので、とりあえず先に出しちゃいました。 作品解説としては、本編を構成しなおす上で本編より以前、二人が幼馴染で育ってきたらどういう風になるだろうと言う部分のシミュレートに気を使ってみました。 ただ、それで全く違うキャラになってしまってはどうしようも無いわけで、その辺のバランスがうまくいってるかどうか…… 冥夜と一緒だったせいでタケルは本編より少し精神年齢を高く(それでも朴念仁は引き継いでますがw)、冥夜は一般世間で育ってきたのもあって世間知らずのスキルが薄くなり(消えたわけではないんですw)柔軟性が多少高く、背負ってきたものが本編ほど多くないので、物事に対する覚悟や信念のような部分で少し劣る感じでしょうか。 そして純夏は、タケルと一緒じゃなかったせいで全体のレベルが多少高くなってますw 白陵の編入試験に合格してるのはそのおかげと言うことでw まぁ、城ニが入れてるんですけどね…… でまぁ、そうしないと物語が進みにくいという作品上の都合もあるんですが、この3人の中で一番キャラが変わるのが純夏かなと。積極性が上がって粗暴性とはっちゃけ度が下がる感じ?w オルタで純夏からタケルの記憶が抜けた時、あの時の純夏から、タケルと知り合ってなかったら結構普通の女の子なのかなという感じも受けましたし。 基本的にこの3人の関係を主軸にしたいなと思いますが、タイトルに「FEX」と入ってますので、あの娘やあのお方も登場いたします…………え、私続き書く気満々?w 「御剣」の名前など、色々と無理矢理な設定にしている部分も多々ありますが、どうか見逃してやってください><; |