――タケルが、死んだ。


12月05日、決起軍との戦闘のさなかにおいて。
様々な身の上を持つ207訓練分隊において、率先して皆を纏め上げていた、あの男が。
私事よりも大局を見ることを優先し、誰よりも世界を救いたがっていた、あの男が。
私が決起軍への説得を志願した時、危険を顧みずに護衛をかってでた、あの男が。

 私の失敗だ……
私が決起軍を、沙霧大尉をもっと上手く説得していれば、タケルは死なずに済んだのだ。
私の、私のせいで、タケルは、あの時……






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■ マブラヴオルタネイティヴ 〜きみしにたまふことなかれ〜 

           第一話『亡國散華』

        From "MUVLUV ALTERNATIVE"
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12月05日深夜 丸野山一岩山近郊


 些細なキッカケが、全ての歯車を一斉に崩してしまったみたいだ。
殿下に扮した冥夜の必死の説得は、誰かの銃声によって全て水泡に帰した。
銃声を耳にした大尉はすぐに不知火に乗り込み、殿下を奪還すべく動き出してしまった。

「クソッ! なんだってこんなタイミングで!」

 ――最悪だ。

「何をしている白銀! 私が後方で時間を稼ぐうちに下がれ! ……急がんか!」

 とっさのタイミングで月詠中尉が俺と大尉の間に割って入ってくれたおかげで、ハッチの外で説得に当たっていた冥夜を落とすことはなく、沙霧大尉とも若干の距離は開いた。
でもあの覚悟、あの技術だ、すぐに追いついてくるだろう。近接戦が始まれば、冥夜を乗せた俺に勝機は……ない。

「……なぜ、なぜなんだ……、どうして、どうしてこうなってしまうのだ……?」

「黙ってないと舌噛むぞ! 悪ぃけど思いやって操縦する余裕がない!」

「す、すまぬ……」

 焦燥に駆られてがむしゃらにレバーを反す。吹雪は踵を返し、最大限の跳躍噴射で距離を稼ぐ。新型OSを活かし、出来る限りこの世界の連中には考え付かないような変則的な動きを試みる。
それでも俺の機動が、俺の技術がやつらにどこまで通用するのかは見当も付かない。
――冥夜がもたなくなるか、俺がやられるか、大尉が追いつくか……。どうなってもアウトだ。

「06! 急いで00、01、02に合流しろ! ルートを断たれればこちらも手が出せん!
 ハンター04、05は私と共に来い! 訓練兵と斯衛部隊をカバーする!」

 あれだけ冷静に戦況を分析していたウォーケン少佐も焦っている。――マーカーによれば、少佐をはじめ数機のF-22Aが俺達の方へ向かってきてくれている。
こっちも最大速度であるせいか、少佐たちとの距離はぐんぐん詰まっていく。あと数秒ですれ違うことができるだろう。
そうすればなんとか……少なくとも、沙霧大尉と直接やりあうことはないだろう。

 俺が、少佐から通信を受けた直後。後方から、ミサイルの発射音が響いた。
すぐにレーダーに目をやる。ミサイルを示す赤い光弾が、いくつもこちらに向かってくる。……まずい。

「冥夜、ミサイルだ! かなり揺れるけど我慢しろよ!」

 冥夜が頷いて目を閉じるのを確認するより早く、俺は吹雪の機動を回避型にシフトする。
急加速、急停止、急上昇、急降下。できること全てを用い、俺の予定軌道に乗ったものには突撃銃をぶちこむ。
ミサイルが引く煙が、目の前で幾つも交差して網目模様を描く。付近の爆発による振動で胃が引っ繰り返りそうだ。
2秒に一回は視点が逆さまになるようなアクロバットを駆使し、ミサイルの雨を避けていく。

 全てを避けきった、と思った時。
――俺たちの前に、クーデター軍の不知火が隊列を成していた。
少佐達と、俺の吹雪の間に割って入られた形だ。ミサイルを避けるのに気をとられて警戒を怠った!

「……ミサイルは囮かよ、クソ、分断された!」

 こっちに向かってくれていた少佐の部隊は、既に俺達を追い越した不知火と接近戦を開始していた。
……どうして、彼我勢力7対1の相手に平然と挑める? こいつらの覚悟ってのはそれほどの物なのかよ!

「……訓練兵! 殿下の御身はこちらに渡してもらう!」

 突然、こちらに向かって回線が開かれる。
俺達に向き合い、一機だけ残った不知火。……間違いない、沙霧大尉だ。

「こ、こっちには殿下が乗ってる! 迂闊に手出しさせるかよ!」

「……私のことは気にせず、操縦に専念するがよい」

 ――俺も冥夜も虚勢だ。これだけの芸当をやってのけた連中だ。俺の吹雪の両手両足を叩き落して無力化し、冥夜を回収するくらい平気でやってのけるだろう。
だからと言ってむざむざと冥夜を渡すわけには……。前方で少佐達が戦いを始めた以上、目下俺の相手は沙霧大尉だけだ。
向こうは冥夜がいるから注意して攻撃をしなきゃならない。こっちは冥夜がいるから無理な機動は出来るだけ控えなきゃならない。
……勝つか負けるか、確率は二分の一だ。やってやる!

「貴様は殿下の護送を仰せつかった身だ、殿下を盾にするほど、腐った男でもあるまい!」

「わかってるじゃねぇか! ここは通してもらうぞ!」

 俺は垂直噴射で吹雪の高度を上げる。抜かせまいと大尉の不知火が続く。
戦闘の邪魔にならないよう、そこらへんの樹木より高い位置を取ってすぐに下を向く。俺を追って上昇してきた大尉をロックオン、発射。
……やっぱり大尉は避けた。この程度は予測済みなんだろう、すぐに俺の照準から消える。
マーカーを頼りに吹雪の向きを変えると、既に大尉は俺と同じ高度に機体を浮かせていた。

「貴様も日本の男児ならば、なぜ国連などに組する!」

 長刀を携えた不知火が俺めがけて、まっすぐに跳躍。狙いは……突撃銃か!
右手に構えた銃と腕をやられないよう、闘牛士の要領で俺は機体を左に流す。すぐに通り過ぎた大尉の後姿、軌道に沿って一斉掃射。
不知火も速い。俺の撃った弾丸は、全て大尉が通り過ぎた地点を走った。

「地球と人類の危機にこんなことをやらかす、あんたみたいな奴をのさばらせない為だ!」

 射撃は恐らく当たらない。そう判断した俺は、長刀に持ち替え接近戦を挑む。新型OSを最大限に活かせば、大尉の読みを出し抜くことも出来るだろう。
スピードを上げて激突した二機の長刀が交差する。文字通りの鍔競り合いだ。

「国連が中立だとでも思っているのか、無知蒙昧なる下愚よ! ここで膿を出さねば、たとえ人類が勝利しようとこの国は消滅する! 貴様はそれを善しとするかぁっ!」

「人類が一つになってBETAと戦わなきゃならねぇんだ! さもしい妄執を振りかざしやがって、ここで犠牲になった人々は無駄死にじゃないかよ!」

「……此度の決起を妄執と廃し、同志の死を無駄死にと切り捨てる貴様に! 貴様に背負えるか、慙愧を噛み締めて立ち上がった憂国の烈士たちの魂を!」

「なんだと……? そんな――ぐあっ!」

 瞬間、激しい衝撃が俺と冥夜を襲う。長刀で斬られたわけじゃない……蹴りか!
大尉は鍔競りの状態から、俺たちを蹴り飛ばした。空中で上下が逆転し、落下――体勢を崩したまま、大尉と距離が離れる。
姿勢制御を試み、なんとか落下しないようにバーニアをふかす。……間に合ってくれ!

「例え敵であろうと味方であろうと、勝者は敗者の志を背負って生きる。それが衛士の流儀! それすら理解できない貴様に、我々の志を折ることは出来ん!
 ――だが、もし……全ての人が、全ての国が貴様のように考えることが出来れば、あるいは違った道もあっただろう。それもまた真理」

「それがわかってたら、なんであんたは!」

「全ては既に過去の事。我々に引き返す道はない!」

 俺が体勢を立て直す前に、不知火が俺に向かって加速する。
追い討ちをかけるつもりか!? このままじゃ――

「まずは腕だ!」

 言うが早いか、更なる衝撃。網膜投影に、『左腕破損』の文字が浮かぶ。……わかりやすい分、焦燥も大きい。
高度を強制的に落とされたうえ、姿勢を制御しきれなくなった吹雪は、膝から地面にほぼうつぶせに落ちてしまった。
すぐに襲ってくる揺れ、地面にめり込んだような感触。……思ったほど衝撃が大きくないのは、雪がクッションになったせいだろうか?
 ――そんな悠長なことを考えてる場合じゃない!

「左腕!? ……肘から下か、クソッ! 飛ぶぞ、冥――」

 ――ガゴン!

「……え……?」


 体勢を立て直し跳躍した俺の眼前に広がったのは、衝撃によって半壊し、開いたコクピットハッチ。
吹雪のカメラアイに投影されたものではない、生の雪景色。
……そして、簡易固定ベルトが外れ、外に放り出される冥夜。

「あ……」

 ――冥夜!

「冥夜! 冥夜ァァァァ!」

 急いで手を伸ばしたが、さっきの『上昇』の先行入力が働き、俺の吹雪はすぐに高度を上げてしまう。
――こんなところで裏目に出るなんて!
俺の意思とは無関係に安全装置が働き、半分壊れたハッチが中途半端に閉まる。

「……メイヤとは何者だ!? 貴様の機体に乗っていたのは煌武院悠陽殿下ではないのか!?」

「冥夜、返事をしろ、冥夜ァァァ!!」

「答えろ訓練兵! 返答次第ではこの場で貴様を討つ!」

 大尉は不知火を止め、俺に念を押すように問い詰める。
俺たちが囮だった、ということを疑っているのか? ……とはいえ、自分の眼で殿下に扮した冥夜と謁見をしたんだ。
すぐに俺達を偽者と判断して全力攻撃、ということはないだろう。――それより問題は冥夜の安否だ。

「白銀訓練兵! 今そちらに向かっている! 何があった!? 冥夜様はご無事か!?」

 ――急に、月詠中尉から秘匿回線が入った。

「月詠中尉! 冥夜が! 冥夜が外に!」

「何だと!? ……貴様はどうしている!?」

「赤い武御雷!? ……斯衛の月詠中尉か! ――致し方無い! 貴様の吹雪は無力化する!」

斯衛兵である月詠中尉が接近してきて焦ったのか、大尉の攻撃が再開される。攻撃から攻撃への間隔も狭まり、『殿下が乗っている』と思っていた分の遠慮が減ってきた。
大尉の追撃を必死で避けながら、俺は月詠中尉に返答する。

「冥夜様はどうなされた!?」

「機体が地面に叩きつけられたときにはずみでハッチが開いて、落ちました! 高さはそんなになかったから大丈夫だとは思いますが……
 冥夜を探さないと! 中尉、俺は冥夜を――」

「落ち着け白銀! 貴様は大尉にマークされているのだぞ! 迂闊に動いたところで冥夜様を危機に招くだけだ!
 冥夜様の安否は私が責任を持ってお探しする! 貴様は大尉の注意を引きつけよ!」

「しかし……!」

「命令を復唱しろ白銀訓練兵! 事態は一刻を争うのだ!」

「……了、解! 沙霧大尉の注意を引き付けます!」

 回線は中尉の方から閉じられた。 次いで近づいていた中尉の機体速度が落ちる。冥夜の捜索を始めるんだろう。
……俺の手で冥夜を探し出したいが、中尉の言うことが一番理にかなっている。
俺や大尉の機体が地上に落ちなければ、恐らく冥夜に危害が加えられることはないだろう。――つまり、地上を警戒しながら戦わなきゃならない。

「中尉は手を出さない! 俺があんたの相手だ!」

 冥夜がいなくなった分、『俺の』操縦が許される。さっきまでとは異質の動きで、大尉を翻弄してやる。
……冥夜のことがバレるのは時間の問題だ。こうなったら一秒でも長く俺に注意を引き付けて、冥夜の安全を確保する時間を稼ぐんだ。

「……なんだ、あの動きは……? あんな機動の機体に殿下がお乗りになられている筈がない。それに先ほどのメイヤという言葉……まさか!」

 バルジャーノン仕込のキャンセルを駆使し、一つ一つの動作の隙を完全に殺して大尉を攻め立てる。
帝国軍新鋭の不知火とはいえ、1秒に出来ることは限られている。剣撃で追い込めば……!

「貴っ様ぁ! 我々を謀ったかぁっ!!」

「さっきまでの俺だと思うなよ、あんたにかまけてる時間はなくなったんだ!」
――今度はこっちの番だ!
左腕を落とされた今、俺には大尉のように二刀流で攻め立てることは出来ない。
大尉も当然、俺はもはや一刀でしか戦えないと思っているだろう。……なら!

「……それなら、手数で押してやる!」

 さっきの蹴りで大尉の挙動が少しぶれた。その隙は逃さず攻め込む。
袈裟に切り下ろし、返す刀で横に振る。反撃する時間を与えずに斬り続ける。
俺は攻める、大尉は守る。俺は前へ、大尉は後ろへ。

「……訓練兵に遅れをとり、二刀を持ってして反撃に転ずることが出来ぬだと!? 相手は本当に吹雪か!?」

「性能は不知火の方が上だろうがぁぁぁぁ!!!!」

「ぬおおおおっ!!!」

 不知火を頭から叩き割る要領で振り下ろした俺の長刀を、大尉は二本の長刀をハサミのように頭上で交差させて防御した。
一刀を捌く為に両手を使った。お互いに攻撃不能? ……いや、今だ!

「くらええええええええ!!!」

 マニピュレータを失ったとはいえ、左腕は肘から上は残っている。……俺を片手だと決め付けた、大尉の油断だ。
うなりをつけて、俺は左腕で不知火の腹をぶったたく。

 ――ズガァン!
吹雪の左腕が飛んでいく。不知火の体勢が崩れる。長刀をめいっぱい振り上げる。
コマ送りのように、全ての動きが遅くなっていく。

「……! しまっ――」

「もらったぁ!」

 ――ズシャアアアア!

 俺の振り下ろした一撃は不知火の左肩口に吸い込まれ、胸、腹を切り裂き、コクピット上部で止まった。
殴った時の衝撃で不知火のハッチも吹き飛び、大尉の姿が肉眼で確認できる。

「これまでだ、沙霧大尉!」

「……これまでだ、か……。ふ、よもや……訓練兵に負けるとはな……。
 しかし、……貴様は恐ろしい衛士だ。まさに我が最後の相手として相応しい……
 冥土の土産に聞かせてくれ、訓練兵。殿下の御身は、何処に……。 我々の決起は、殿下に真であると伝わらなかったのか」

 ……ここで、大尉に真実を教えるべきか? 殿下の心や、冥夜の思いを……。当然、双子の話は他言無用。それは口に出さなくてもわかる、特秘、極秘事項だろう。
――ただ、でも。……この人には、教えるべきなのかもしれない。
BETA出現以来久しく忘れられていた、航空機による強襲揚陸まで成し遂げた人に。この人は真の意味で愛国者なんだろう。『この世界の日本人』でない俺にでもわかる。
 ――俺は、壊れて戦闘中もガタガタ鳴っていたハッチをはずし、沙霧大尉と対面する。

「……別行動を取った武御雷にお乗りになられている。……それに殿下はあんたを謀ってなんかいねぇ。説得だって殿下がなさるはずだったんだ。
 それを、御身を大切になさってください、って代役に立ったのが冥夜だよ!」

「冥夜……我々と謁見を行った、殿下に生き写しの婦女子か。彼女は――」

「あんたを説得しようとしたのは殿下の生き別れの妹、御剣冥夜だよ。将軍位に就いてないだけで、あいつの心は殿下と共にあるんだ!
 冥夜を通して感じたはずだ、あんただって……この国を正しい方向へ導きたいと願う、殿下の心を!」

「妹……? 貴様は何を。そんなはずは……、――! 忌み子の慣習、まさか……
 ――そう、か。だからあれほどまでに……。だが何故あの場所に……いや、私が知ることではない、か。
 ――変わらんな。私が、殿下や妹君の御心を疑ったという事実は。……ははは、これも外道に堕ちた者への報いか……。 ――済まなかったな、訓練兵」

 初めて顔を見た時からずっと、大尉の表情は悪鬼のように険しかった。
その大尉は今、全てに納得がいったような、清流を浴びたように安らかだった。

「――白銀武。俺は白銀武です、沙霧尚哉大尉」

「――白銀武訓練兵、真実を伝えてくれたこと……感謝する」

 奇妙な空間が、俺と大尉を包んだ。
沈黙。――敵同士が、レバーを引くだけで相手を殺せる位置にいるのに、攻撃を行おうとしない。
俺が大尉に『投降してください』と言おうとした刹那。

「戦闘中の決起軍全機に告ぐ。戦闘を中止せよ。繰り返す、戦闘を中止せよ。我々決起軍はこれより投降し、殿下の御心に一切の采配をお預けする。繰り返す、攻撃を――」

 静寂を破り、大尉は自ら幕を引くことを選択した。
呼びかけは幾度か繰り返され、その度に、戦闘による銃撃音や爆発音は少なくなっていく。
最後の銃声が止んだ時、大尉は長刀を捨て、再び俺に向かって語りだした。

「白銀訓練兵、――いや、白銀武。我が業の後始末……願えるか」

 大尉は、死に場所として、俺に介錯を求めている。
――今度こそ。
殿下の仰った、自らの手を汚すことを厭わないという教えに。
冥夜の言った、そこに自らの意思が存在するのかが問題だ、という言葉に。
……まだ理解はしきれなくても。まだ納得はしきれなくても。今やれることを、精一杯やるんだ。

「……何か、ありますか、沙霧尚哉さん」

「斯様な醜態を晒し、あまつさえ国連軍である君に頼むのも滑稽であること至上無いが……
 ――白銀武、日本を……頼む」

「……はい」

 ――白装束を纏った武士の最後の様に。
沙霧大尉は不知火の膝をつかせ、不恰好ながら介錯の体勢を整える。
 ――寄って立つものが異なれば、目的は同じでも行動は異なる――
殿下の言葉が胸を掠める中、俺は大尉に引導を渡すべく、不知火に刺さったままの長刀を引き抜く。


 最後に俺が知覚したのは、長刀を抜ききった時にはじけた火花。何かを察し、俺に『離れろ』と、叫んだ大尉の声。――そして、大尉の不知火から噴出した、まばゆい閃光。






 ――ここは、どこだ……?
確か私は、決起部隊の説得に失敗して……
――そうだ、無様にも、タケルの機体から落ちてしまったのだ……

「――ッ! タケルは!? タケルはどうなったのだ!」


 私は全身をさすり、大した怪我が無いことを確かめてから立ち上がる。
雪や樹木が緩衝材として働いたのだろうか、幸いにも擦り傷や切り傷程度で済んでいた。

「――おかしい、戦闘の気配がしない」

 気配どころか、音がない。国連軍、米軍、決起軍が三つ巴となったこの戦場で、銃声が聞こえてこないはずは無い。
……まさか、既に大勢は決し、事態は収拾した……というのだろうか?
状況を把握しなければならぬ。私はとりあえず、道が開けている方向へと進むことにした。
――もし決起隊が事を治めたというのであれば、私も身の振りを考えねばなるまい。

 そんなことを考えながら200メートルほど進むと小道が開け、小高い丘、というよりは小さな崖――に辿り着いた。

「これは僥倖……ここからならば広く見渡せる」

 私は周囲の確認を始める。匍匐飛行をしている戦術機を探し、火の手が上がっていないかを確認する。
――周囲に火の手は見られない。本当に戦闘が行われていないようだ。……どうしたことだ?

「私が気絶してから……そんなに時間は経っていないはずだが……
 ――ッ! あれは、タケルと沙霧大尉!?」

 遠くではなく、私の立っている小高い地点のすぐ下、訓練校のトラックほどの空間に、タケルの吹雪と沙霧大尉の不知火が佇んでいた。
二つの戦術機が寄り添うように立っている。……なぜか戦闘をしている気配は無い。

「――不知火が膝をついている……? まさか、タケルは沙霧大尉を下したのか!?」

 ――ともかく、まずはここを降りてタケルと合流せねば。詳しい話はあの者から聞けるであろう。
私はタケルに無事を知らせるべく、丘陵を降りる術を探す。根のしっかりとした樹木がいくつも生えているようだ。
これならば、幹をつたって降りていく事も容易であろう。
 私が最初の木に手をかけた時。耳障りなノイズが一瞬流れた後、沙霧大尉の声が聞こえてきた。

「戦闘中の決起軍全機に告ぐ。戦闘を中止せよ。繰り返す、戦闘を中止せよ。我々決起軍はこれより投降し、殿下の御心に一切の采配をお預けする。繰り返す、攻撃を――」

 ――なに? ……決起軍が、投降!?
とすれば、タケルが沙霧大尉を無力化したというのか!?
だからこそ今、二人は斬り結ぶことをせず、静かに立ち合っている……ということか。

「タケル……そなたは、計り知れぬ男だ。あれだけの決意を携えて起った者達を説き伏せ、自ずから幕を引かせるとは……
 これでは、私は面目も、会わせる顔も無いな……」

 丘を下るのを一時中断し、ひとつ深呼吸。今まで張り詰めていた感情が、吐息と共に出て行った気がした。
あの男のおかげで、私も……恐らくは姉上も、随分と救われたに相違ない。

「――はっ、私としたことが、任務中にため息などと……いかん」

 ――タケルが来てからと言うもの、私は自分の弱さを許しがちな嫌いがある。
何故かはよくわからぬが……改めねばなるまい。
動きを見せない二機を視野に納めたまま、次の木に手をかける。

 ――ガシャン。

 大尉の不知火が膝をつき――切腹の姿勢を取った。

「――大尉……」

 再び足を止め、武士の最後を看取るべく襟を正す。
大尉が不知火を動かした時に初めて私は、タケルの長刀が大尉を貫いたままだったことに気づいた。
――タケルが長刀を引き抜く。恐らくはあの刀で、大尉を……

「――ッ!?」

 刹那、私には見えた。長刀を抜ききった時に、火花が生じたのが。
一拍置いて閃光、

 ――ズドォォォン!!!!!

また一拍置いて爆音と爆風が、私に吹きつけ、通り過ぎていった。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。
不知火から吹き上がった煙が視界を遮り、二機がどうなったのかわからなくなる。
『……何故煙が?』という場違いな思考の果てに、私はやっと状況を理解した。

「タケル! タケル!」

 ――理解したのが早かったか、駆け出したのが早かったか。

「あってはならぬ。そんなことがあってはならぬ!」

タケルが爆風に巻き込まれたなど……悪い冗談だ。そう、冗談に決まっている。悪い夢に過ぎぬ。
既に『幹をつたって安全に』などという思考はなく、私はがむしゃらにタケルのもとへ走る。
――転倒することも厭わず――実際何度かつまづき、生傷をいくつも作ったが痛みなど感じない。
呼吸が荒くなる。脈の速さも尋常ではない。まるで全身が心臓になったかのようだ。

「――はぁ、はぁ、……タケル!」

 爆発があった現場へ辿り着いた時、私は既に泥まみれだった。
膝を折り、仰向けに倒れた吹雪。その腰、コクピットへ走る。
未だ黒煙を上げている残骸もあり、燃料のにおいが鼻をつく――炎が盛り、再び爆発を起こすのかもしれないが……
そんなことを気にしてはおれぬ。

「タケル、タケル!」

 何も考えることが出来ず、口を付いて出るのは『タケル』だけ。これ以外の言葉を忘れたかのように。
腿の部分からよじ登り、股を飛び越えてコクピットに辿り着く。――タケル……!

「タケ……」

 ――いない。
――なぜ?

「何故パイロットであるはずのタケルが、コクピットにおらぬのだ!?」

 ――爆風で飛ばされてしまったか……? ……嫌な想像が胸をよぎる。
すぐに吹雪から飛び降り、再びタケルの姿を求める。
長刀の破片や、大破した不知火のカメラアイなどが散らばっている。いくつかのパーツは未だ燃えていて、明かりには事欠かない。
 コクピットでないとなると、どこを探せばよいのか。最早見当が付かぬ。

「タケルは……いったい何処に」

 もう一度、ぐるりとあたりを見渡す。
やはり人影らしきものはどこに――

「――ッ!」

 全身から嫌な汗が噴き出す。のどに粘ついたものが詰まる。
――見間違いでなければ。
――私の見間違いでなければ今、そこに……

 ――人の、腕、か……?

「――まさ、か……」

 少しずつ、歩みを進めていく。タケルではありませんように、と願をかけながら。
タケルではありませんように、タケルではありませんように、
タケルではありませんように。
タケルではありませんように、タケルではありませんように、
タケルではありませんように。

「――そん、な」

 真っ白な雪の上に真っ赤な海が広がり、その上に転がるのは……紛れもない、国連軍の強化装備を纏った……人の、腕……
取り乱していた私にも、それが何を意味するかは明らかで。

 ふらふらとタケルへと近寄り、それを前にして佇む。色々な思考が、頭の中を流れる。

「タケ……ル?」

タケルは死んでしまったのか。私は結局決起軍を諌めることは出来なかった。姉上の代役を果たすことは出来なかった。

「タケル、タケル……」

隊の皆にはどう説明すればいい? 香月博士の特殊任務は誰が任を果たす? タケルはもう……

「……タケル、タケル……タケルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 全ての意識は涙となって決壊し、私はタケルの左腕を抱きしめ……泣いた。
自分でも、『こんな声が出るのか』と驚くような、嬌声で。














12月07日 国連軍横浜基地


 ……恐らく、あの時ほど拍動が激しく、息を切らしたのは初めてだったのではないだろうか。
 ――あの時の私は……正に半狂乱、というべき状況であったのだろう。誘爆による危険性など全く考慮に入れず、訓練で培った安全対策など記憶の彼方へ消えていた。
ただタケルの安否を、……今考えればあの状況で生存などと、望むべくも無いが……確かめたくて、精一杯に走った。
あの時タケルはハッチを開放して大尉と話していたらしく、コクピットは爆風の直撃を受けていたらしい。
 タケルの手を抱きしめて慟哭した私は、結局事後処理に訪れた仲間に回収されるまで、そこに留まったままであった。
後で聞いた話だが、私は鎮静剤を打たれて眠りにつくまで『タケル、タケル』とうわ言のように繰り返していたらしい。

 ――こうして基地の自室に身を置いていながらも、私の大切な『何か』、私を私たらしめる大切な『何か』を、私はあの場所……
タケルが命を散らした場所へ、置いてきてしまった様に思う……







■マブラヴオルタネイティヴ 〜きみしにたまふことなかれ〜  第一話『亡國散華』  終