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■ NEXT AF「速瀬水月の暴走」
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 ATTENTION!

 このショート作品は「水月」の絵に思いつきで話をつけたもので、基本的には「NEXT」本編とは”ほぼ”関連はありません。
 ただし「NEXT」の設定を部分的に流用しているので、もしかしたら多少のネタバレに気づいてしまうかもしれません。

 そして元ネタになったイメージ絵はこちら→
 































 某月某日

 広がる青空! 煌めく太陽! 季節は夏真っ盛り!!! ……というのも、場所が場所だけに当然の事であった。
 ここは赤道近くにある無人の小島。
 武達ヴァルキリーズは、近々催される予定の、後輩達の「総合戦闘技術評価演習」の舞台の設営に借り出されていた。
 ただいま隊員たちは、何人かづつのチームに分かれてチェックポイントの設営のため島中に散らばっている。
 班分けの時に誰が誰と組むかで少々揉めた以外は、概ね順調に準備は進んでいた。

 「白銀隊長〜、ちょっとこのワイヤーそっちの木まで引っ張ってくれる〜?」

 「へ〜い」

 隊長である武や、美冴・芳乃・祷子・遙などの一部のメンバーを除いた者による、壮絶なジャンケンリーグ戦により(トーナメントでなかったところが謎だ)結果的に武は、優勝した水月とペアを組んで作業に当たっていた。(決勝戦で水月に負けた純夏が上げた叫びは、ヴァルキリーズの伝説として語り継がれるだろう)
 口に釘を数本咥え、玄翁を振りながら請うてくる水月の言葉のまま、武は木から木へとワイヤーを張らせていく。
 武の昇格で立場が逆転してしまった事により、隊員が隊長をアゴで使うと言うなんとも妙な構図になってしまっているが、公の場でボロさえ出さなければ、隊の中でのこういった部分は割と緩いのが新生ヴァルキリーズの風潮だ。
 水月の「白銀隊長」と言う呼称は、最初は皮肉交じりで呼んでいたのがそのまま定着してしまった、怪我の功名とも言える産物である。水月自身の意識の変革も多分にあったとは言え。

 「ワイヤー完了しましたよ〜、速瀬中尉」

 「よしっと、ここはこんなもんでいいでしょ」

 武の報告を聞いた水月は道具を片付け、ぱんぱんとズボンの尻についた土を落とす。
 その時、水月の肩にぽつりと、水滴が落ちた。

 「わ、雨か……?」

 武が空を見上げながらそう呟いた。
 それに釣られて水月も空を見上げると、ジャングルの中のため気づかなかったが、いつの間にか、鬱蒼と茂った木々に隠された空はどんよりと曇っていた。






 通り雨で済むかとも思ったが、いまや雨が木々を打つ音でとなりの声すらも聞き取りにくいほどになっていた。
 武と水月は近場にあった大木の根元へと身を寄せて凌いでいたが、雨避けとしては微々たるものでしかなく、二人とも既にズボンの中までびしょ濡れだった。

 「はぁ、スコールとは参ったわね」

 濡れた髪を掻きあげながら、水月は呟いた。

 「まぁ、それほど長くは続かないと思うんですけどね……」

 そう言いながら、武は少し懐かしさを感じていた。
 自分たちの総戦技演習の時のことを思い出したのだ。
 まだあれから一年も経っていないというのがちょっと信じられなかった。

 そんな武の顔を見つめていて、水月はちょっとした行動に出る。

 「……速瀬中尉?」

 「濡れたせいでちょっと、寒いのよ。カイロ代わりになりなさい」

 水月は武の腕を取って、その懐に抱えこむ。
 押し付けられる、特別に大きいと言うわけではないが、それでも人並み以上には自己主張をしているその胸が、着ているタンクトップからはみ出しそうに形を変えている。
 その視覚情報と感触に、武は頭に血が上るのを自覚する。

 「は、速瀬中尉。その、あんまりそうくっつかれると……」

 離して貰おうと武は懇願するが、水月は離そうとしない。それどころか、もはや武に抱きつくかのような体勢だ。

 「なぁに? 私にくっつかれるのは不満だって〜の?」

 「え、いや、そういうわけじゃなくてですねっ……」

 水月はもはや自覚している。孝之に後ろめたい気持ちを持ちつつも、自分が武に惹かれている事を。
 切っ掛けは「横浜基地防衛戦」と「桜花作戦」の二度に渡って、自分でも「ここまでか……」と覚悟を決めた絶体絶命の窮地を、命令を半ば強引な屁理屈で捻じ曲げてまで駆けつけた武に救われた事だろう。(桜花作戦の時は武に随伴して冥夜も一緒に駆けつけているのだが、それはそれ)
 そして作戦後、諦めてしまった自分を泣きながら怒鳴りつけてきた武に、水月の心は傾いた。
 男勝りで体育会系な言動が多い水月だが、そこはやはり女の子。白馬の王子様に憧れるような乙女心だって持ち合わせている。そして武にはそれを地でやられてしまったうえに、さらには自分を心配しての涙。
 三つも年下の小僧にいい様に心を掻き乱されるのは「コンチクショウめ」とも思ったが、流石の水月も、これには勝てなかった。
 この気持ちは親友の遙にも既に話している。そして遙は「おめでとう」と言ってくれた。(なぜそこで「おめでとう」なのかは疑問だったが、そこはまぁ「遙」だ)
 以来、水月は何かにつけて武にアプローチをかけるようになる。モチロン、実りは、薄い。

 「そりゃあ濱矢や彩峰程には至らないけど、それでも隊の中じゃ大きい方なんだから」

 「……? なんか言いました?」

 「なんでもないわよ」

 純夏が武を愛していて、武が純夏を受け入れている事は周知の事実だ。しかし「その気持ちを隠す必要はない」と、同じく武に想いを抱く者達に言ってのけたのも純夏であった。
 最初にそれを聞いたときは、純夏が何を考えているのかさっぱり解からなかった。自分以外が受け入れられる事などありえないと高を括っているのかと、腹立たしく思ったりもした。
 だが、実際にどう考えているのかは未だにわからないが、付き合いが長くなってくると何となく見えてくるものもある。
 無邪気と言っていい言動の中にどこか達観したようなところが見える純夏だが(00ユニットとして多くの世界の意識を共有する純夏だけに、純夏の事実を知らない者にはそう言う風に写ってしまうのは仕方ないことでもある)、なにか、武のためにと、周囲を焚き付けるような事を口にしているような気がするのだ。
 しかし、理由がなんであれ最大のライバルのお墨付きが出たことは間違いなく、それならばそれを利用させてもらう事に躊躇いは無かった。

 「ところでさ」

 「はい?」

 「アンタ、鑑とはどこまでいってるわけよ。具体的に、男と女として」

 突然の質問に、武は思わず吹き出した。
 だが、水月としてはこれまで常に気になっていた問題だ。それによっては行動レベルの変更を考えなければならない。
 あまり人がいる場所では中々聞きにくいことだし、冗談めかしてネタにする手もあるが、それはそれで真面目な答えは引き出せそうも無い。普段二人きりになるようなことも早々無いし、今の状況は好都合なのだ。

 「なんでそんなことっ……」

 「あのねぇ、アンタと鑑の関係なんてもうバレバレなんだから……あ! それともなに? とても口では言えないようなトコまで行っちゃってるわけ!?」

 いや〜ん、白銀隊長ってばへんた〜い! とばかりに体をくねらせる水月。

 「いやいやいやいや! いや、まぁ、その……普通……に?」

 「ふ〜ん……」

 横浜基地が襲撃を受ける前日、紆余曲折ありながらもめでたくも結ばれることとなった武と純夏であるが、しかしそれを口にするにはまだまだ武は純情すぎた。
 その反応から「とりあえず行くところまで行ってはいる……と」と当たりはつけられた水月だが、そうなると次はどのくらい経験をつんでいるのかが問題だ。
 自慢にもならないが、色々あったとは言え水月はそっち方面はバリバリの未経験……つまりは処女である。まぁ、今のヴァルキリーズの中に経験済みな者がどれほどいるのかは疑わしい物なのだが……それこそ鑑だけではないのだろうかと水月は思う。
 それはともかく、年長者として、年下の男の子にリードされると言うのもいささか悔しい。しかし、こればっかりは他で練習という訳にも行かないし……と、そこで水月は思い出した。

 ――――そういえば、整備班の男どもがその手の映像ソフトを仲間内で回してたっけ。何とか奪取できれば、予習くらいは……。

 などと、整備班の男達を恐慌に陥れそうなことを考えたりする。
 というか、水月の思考は既になんとかして「やる」方向に突っ走っていた。もはや拒否される事を考えていない、ある意味手段と目的が入れ替わっている。

 ――――でも、考えて見れば経験豊富な白銀に任せて優しくリードしてもらうって言うのも悪くはないわよね……やっぱり初めてはすっごい痛いらしいし……それで『愛してるよ……』なんて言われたらホントに泣いちゃうかも? かーっ、白銀のクセにこの私を泣かすなんて生意気ー!! そいでもってそいでもって――――!! ――――!? ――――!

 思考が桃色の暴走特急だった。速度を少しでも落としたらバスが爆発してしまうかのごとくアクセル全開だった。
 一方そんな、アスファルトタイヤを切りつけながら暗闇大爆走中の水月の思考など知る由も無い武は、弱まってきた雨足に気づき、空を仰いで手を翳した。

 「お、雨上がってきた」

 「え?」

 武の言葉に、現実に帰ってきた水月も空を見上げると、降らせるだけ降らせてさっぱりしたー! とでもいうかのようにみるみる空が明るさを取り戻していく。
 濁ったものを全て洗い流されて空気は澄み渡り、太陽の光が木の葉を透かし、雨露に乱反射する。ジャングルの中は、正に輝く光の世界の様になっていった。
 その幻想的な世界の中に、武が立っている。
 鍛え上げた男の体が、周囲の木々と同じように濡れて陽光で輝き、掻き上げた髪から跳ねた水飛沫が更に光のシャワーを注がせる。
 その光景に、水月の目は釘付けになった。我知らず、ゴクっと喉が鳴った。もう、たまらなかった。
 そう、水月の中の暴走思考は、収まったわけではなかったのだ。







 「や〜、思いっきり降ってくれたわね〜」

 水月のその言葉に武は「まったくですよね」と振り返り……そのまま時間が停止した。
 武が振り返るのを見て、水月はおもむろに自分の濡れたシャツに手をかけると、一気に脱ぎさったのだ。
 先ほど散々武の腕に押し付けられてその感触を伝えてきた二つのふくらみがぷるん、とまろび出る。
 惜しげもなくさらされたそのふくらみに武の目は無意識に釘づけになる。鍛えていながらも女性らしさを失っていないやわらかな曲線を水と光の粒が飾り立てるその姿は、神々しささえ感じてしまう。
 だが、そこで武はすぐに我に返り、ぐるっと反転して水月に背中を向けてしまう。

 「は、速瀬中尉!? いきなりなにを……!?」

 「白銀も、さっさと脱いで乾かした方がいいわよ?」

 「だ、だからって、そんな……!」

 上手く言葉にならないながらも武は必死に抗議する。
 しかし水月だって必死だった。平気な顔を装っているが、このまま羞恥心で死ねるのではないかと思うほど恥かしかった。……でも、それ以上に武が欲しくてたまらなかった。
 背中を向けてゴチャゴチャ言っている武にそっと近づく。相当動転しているのか気づいた様子はない。

 「い・い・か・ら、白銀も脱ぎなさいっ!」

 「ううわ!」

 水月は背後から武のシャツを捲り上げる。腕を上げさせてないのでそれ以上脱がす事は出来ないが、水月の思惑にはそれで十分だった。
 そのまま武の腹へと腕を回してぎゅっと武を抱きしめる。もちろんそうなれば、水月の胸は武の背中へと密着する事になる。その感触に、武の身体が震えたのが解かった。

 「し〜ろ〜が〜ね」

 武の耳元へと顔を近づけ、普段の水月からは想像も出来ないような甘い声で、武の名を呼ぶ。また、武の身体が小さく震えた。

 「ふふ……し〜ろ〜が〜ね」

 もう一度、呼ぶ。

 「は、速瀬……中尉……?」

 水月はそのまま武へと体重を預け、大地へと押したおしていった。























 「うううわぁああああおおう!!」

 武は飛び起きた。
 しばし呆然としながら、本能的に早鐘の様に打つ鼓動と呼吸を整えようとする。
 そしてハッと気がついたように周囲に顔をめぐらした。

 「ん!? ん!?」

 自分の部屋だ。そして自分以外に人の気配は無い。
 十分に確認してから、武は胸をなでおろした。

 「ゆ、夢か……。そうだよな、当たり前じゃないか。速瀬中尉はあの時の防衛戦で……」

 そう、速瀬水月は武の目の前でその命を閉じたのだ。あの時のやり取りは今でも記憶に焼き付いている。
 そして、亡くなった人相手になんて夢見てんだよ俺……なんだ? なにか相当溜まってでもいるのか……? と少々自己嫌悪。
 しかし、なにか釈然としないものも感じる。
 なにか、全てにおいて現実感が感じられない……? いや、逆だ。今の夢も、これまでの記憶も、どちらもリアルに感じられすぎるのだ。
 
 「……夢? ……夢、だよな……?」

 経験したことの無いわけのわからない感覚に、武は戸惑う。
 その時廊下から、こちらへと向かってくるらしい人の話し声が聞こえてきた。















 「ま〜ったく武のやつ! 私をほっぽって何時まで寝てる気なんだか!」

 「まぁまぁ水月。白銀大尉も普段忙しいんだから、たまの休みくらいゆっくりさせてあげなよ、ね?」















 「え? この声って……?」

 武の頭は更なる混乱の渦へと飲み込まれていった。