【悠陽様の華麗なる日常!】 From "MUVLUV ALTERNATIVE" (C)2006 age 1 闇。 そこには闇があった。 人が住む場所から完璧な闇が消え去ってどのくらいの時が経つのだろう。 今は余程人里はなれたところにでもいかない限り、夜でも何かしらの灯りがあるものだ。 だが、ここにはその闇があった。 別に、特別人里はなれた場所な訳ではない。どちらかといえば……いや、どちらかと言わなくてもここは都会のど真ん中である。 神奈川県横浜市。 ここが都会でなかったらどこを都会と呼べばいいのかわからなくなるだろう。いやまぁ、少し中心部から外れれば割とウサギが出たり 猪や狸が出たり、夜の6時を過ぎると周辺の店のシャッターが軒並み閉まってしまったりする所だったりするのだが。 そしてもちろん都会の名に恥じぬ、多くの人々が生活する町である。 しかし、にもかかわらずここには闇があった。 なぜならそこは、人々が暮らす住宅地であるにもかかわらず、半径1キロ四方の中に3つの建物と一つの公園しかなかったからだ。 なにやら大きなお屋敷が一軒。一般的な一戸建ての家が二軒。そして小さなごくありふれた小さな公園がひとつである。それ以外は 電柱一本立っていないのだ、街灯なぞあろうはずも無い。故に、夜も夜中ともなればその一帯は、それこそなにも見えなくなる暗闇と化す。 そんな中、現在の時刻は午前3時。草木も眠る丑三つ時と称される時間である。 真っ暗闇の中にほのかに光の灯る場所が一つ。並んで建っている他二つの家に比べ、ひときわ大きなお屋敷の一室。 そこは、この屋敷の主である御剣家の双子姉妹の姉、御剣悠陽の自室であった。 一段灯りの落とされた照明が照らし出す少し暗めの室内に、カタカタカタとキーボードをたたく音が響く。 御剣家の次期頭首候補として、こなさなければならない責務はいくらでもあるのだ。 <Yuhi>:この度はミッション攻略のメンバー募集に応じていただき、大変うれしく思います。皆様に感謝を。 <Blue>:いえいえ。どうぞよろしくお願いします。なんかおもしろい話し方ですねw <Love>:にはははwよろしくお願いしマースw 私はそういうキャラの作り方好きだから全然オッケーw <Rip>:おう! おいちゃん頑張って盾やっちゃうぜ〜! <Yuer>:よろしくお願いします。ちなみにそこの戦士、盾は忍者の私だからあんたはサポートでヨロ。 <Rip>:フッ。俺からタゲが取れるかな? <Love>:構成は戦・忍・侍・赤・白かぁ。 まぁあのドラゴン戦ならこれで十分か。 じゃあ私は黒寄りで魔法使うからyuhiさん、回復は 任せるねー。サポートはするから。 <Yuhi>:はい。承知しております。それでは出陣と参りましょう。 <Love>:あ、連携はどうする〜? ……どうやら御剣家次期頭首候補としての責務とはかけ離れたものだったようだ。っていうかオンラインゲームですか悠陽様。 よくよく部屋を見渡せば、本棚に詰まれた少年少女青年成年種類を問わずの漫画の数々。壁際に鎮座する50インチのプラズマ TVの前にはプレスタ2やらドリコスやらゲームガイやらが散乱していて、机の上にはお菓子類の山。さすが適応力の高い悠陽様。 馴染みきってますか? 庶民の生活に。 こう、割とダメな方向で。 タケルに付き合ってゲームなどの相手をしてるウチにどうやらのめりこんでしまわれたようで。まぁ、庶民の生活を知る、とい う意味では間違いではない……と思っておこう。うまくすればゲームや漫画の業界に御剣の大きな進出も見込めるかもしれないしね。 <Yuhi>:すみませんがLove様、状態回復の方が追いつかなくなってきてしまいました。ご協力願えますか? <Love>:はいよー。Yuhiさんは回復の方メインに集中していいよ〜。 <Blue>:TP112%! 連携いつでもいけるぞー! <Rip>:こっちゃ85%。もうちょい待って。 <Yuer>:くーっ 蝉の張替えがきつい―>< 範囲攻撃ばっかり撃つなって言うの! 時間は流れて、どうやらそろそろクライマックスのようだ。 卓上の21インチ液晶モニターの中では5人のキャラクター達が巨大なドラゴンと戦っている。 <Rip>:よっし!撃破ナリ――――!! <Love>:やったー――wwww <Yuhi>:お見事です皆様w 見事な戦い振りでした。 <Yuer>:範囲連発された時はちょっとびくびくもんだったわぁ <Blue>:あー、盛り上がってるとこスマンが、とりあえず生き返らせてもらえないかね? 無事ボスモンスターを撃破し、わいわいがやがや意気揚々と出発した街へと帰っていく面々。 <Love>:それじゃあどうも、お疲れ様でしたーw <Blue>:おつかれさまー <Yuhi>:お疲れ様でした。 皆様のご尽力に心からの感謝を。 ありがとうございました。 <Yuer>:おつでーす。 <Rip>:おつかれさまーっす。くそーまだ殴られたりないぜ。 <Love>:Yuhiさん、また何かあったら遠慮なく声かけてね〜。 <Yuhi>:はい、ありがとうございます。 それでは皆様、ごきげんよう。 それぞれに挨拶を交わし、ログアウト。 窓の方へと目を向ける。 カーテンを開けると、すでに闇は去っている。それは太古の昔より連綿と繰り返されてきた当然の営み。そしてまばゆい朝の日差 しはすでに結構高いところまで上っていた。 今日は日曜の朝と言うことで月詠たちも特別起こしにはこない。 御剣にいる間は休日も祝日も無い生活であったが、こちらに来ている間は一学生としての生活習慣に習うことになっているのだ。 時計に目をやる。 時刻は午前9時27分。 「あら、いけません。 もうこのような時間でしたか。 少々急がなければなりませんね」 言うやおもむろに部屋着を脱ぎ始める。 白いブラをはずすと、豊満、というわけではないが、それでも十分に女性らしさにあふれる二つのふくらみがまろび出る。そのま ま綺麗なラインを描くヒップを包んでいたショーツまで脱ぎ、産まれたままの姿になると脱いだものを部屋の隅に置いてある籠にた たんで入れる。動きながら軽く鼻歌など歌ってみたりするが、それが民謡だったりするのは悠陽様らしいといえるかもしれない。 とりあえず箪笥から新しい下着を取り出し身に付ける。ショーツに脚を通す姿が色っぽい。そのまま鏡台の前に座り結ってある髪 を解くと櫛をとおす。長い髪をもう一度纏め上げ、今度はいつもの様に結うのではなく、後ろ頭にお団子に結っていく。 それが終わると軽く顔の肌を整えて再び箪笥の前へ。扉を開けて服を物色する。 ベージュカラーの顎まで隠れるハイネックのセーターに、黒のスーツパンツ。更に黒のロングコートを選び出し上から羽織る。 これまた黒い帽子を取り出すと目深にかぶり、小物入れから丸いグラスのサングラスなど取り出してかけてみる。 普通なら何か怪しい格好になってしまいそうなところだが、それでもどこかかわいらしく見えてしまうのは、その人の醸し出す 魅力故なのだろうか。カリスマ A+。 最後に姿見でさらりとチェック。満足そうに頷くと小物の入ったサイドバッグを持ち部屋を後にする。 白銀邸へと繋がる渡り廊下を通り白銀邸へ。双子の妹とその想い人が寝ているだろう部屋の前で少し立ち止まると、中の気配をうか がってみる。 「こ、こらタケルっ。 そのようなトコロに指をいれるでないっ」 「なんだ? 冥夜ってここ弱かったのか?」 「弱いとかそういう問題ではな、ひゃうっ あっ」 「これは発見だな。冥夜がヘソが弱点だったとは。こちょこちょ」 「ば、ばかものぉ……んっ」 …………少し、チクリと心にトゲが刺さる。 しかし、深く息を吐いてそれを流す。まだ、勝負は終わったわけではない。野球は9回ツーアウトから。 「ふふ……足元をおろそかにしていると、すくわれてしまいますよ?冥夜」 軽くひとりごちてその場を離れる。 白銀邸玄関より外へ出て、目指すは柊町繁華街である。 2 「本日はぁ アベニューへのご来店まぁこぉとぉにぃありがとうございます。 当店は本日、新装開店、新装開店。どなた様も ジャンジャンバリバリィ ジャンジャンバリバリィ はりきってぇ お持ち帰りください〜」 店内放送とともに流れるBGMは軍艦マーチ。 そう、ここは柊町繁華街にあるパチンコ店「パーラーアベニュー」 ちなみに、店員が「アベニュー」といってるので「アベニュー」と表記しているが、実は店の入り口の上に掲げられているひとき わ大きなネオン看板には「アベニウ」と表記されているし、少し視点を落とすと目に入る立て看板には「あべにゅー」と平仮名で 表記されている。そして入り口の窓ガラスに印刷されている文字では「あびにゅう」となっているのである。どれが正しいのかはど うも店員ですらわからないようなので、ここは店内放送で言われている「アベニュー」を店名としておく。 閑話休題。 さて、なんでこんな場所に場面が移ったかといえば…… 「10時20分……少々出遅れてしまいましたか。 まぁ、いた仕方ありませんね」 モチロン悠陽様がこちらにいらっしゃったからに他ならないわけで。 当然、庶民の娯楽の視察ですよ。ハイ。 「さて、あいてる新台は……」 新台コーナーの中でいくつかあいている台を、サングラスをちょっと下にずらして検分していく。かわいらしい仕草ではあるが、 その眼はきわめて真剣な光を放っている。 あの、庶民の娯楽の視察……ですよね? やがて、ある台の前で脚を止め、しばらく吟味した後、満足そうにひとつ頷くと席についた。 バッグから財布を出し、取り出した1万円札を台脇の玉貸機に突っ込む。 玉貸のボタンを押して、いざ真剣勝負! はじめ! ……視察ですよね? ――――――――――――くぅ。 かわいらしい音が響く。 いや、周囲はほとんど騒音レベルの音量で騒々しいため、実際に耳に聞こえたわけではない。体内に響いた、と言うべきだろう。 外をみやれば太陽は頂点を過ぎたくらいか。 「そういえば、朝食もとっておりませんでしたね……」 自分の後下方、お尻の下の方を見る。詰まれている箱の数は……12箱。無現鬼道流免許皆伝の眼力は伊達ではない様だ。 ……あんまり関係ないかもしれない。 店員に声をかけ遊戯台に「食事中」の立て札をし、店を出る。 繁華街を見回す。さてどこで食事をしようか。 すぐ目の前にあるいつも使っているファミリーレストランで済ますのでもいいのだが、たまには新しい道を探してみるのも良いかと思う。 柊町駅前繁華街はそれなりに大きく、人の賑わいも多い。特に探さなくても一般的な飲食店の類はそれこ掃いて捨てるほどたって いる。とはいえ、生まれてからこの方、こういう庶民的な空間で生活することなどなかった悠陽にとってはその一つ一つが新鮮で、又 驚きの連続でもあるのだ。 とりあえず適当に歩いてみることにする。 探索を始めておよそ3分。ふと、ある店が目に入る。庶民の味の代表格、ファストフードの王様「牛丼」の最大手チェーン店「吉」。 悠陽様でも小耳にはさんだことくらいはある程の店である。興味が沸いたのでここに決めることにする。 ちなみにライバル店として名をはせる「松」という店もあるのだが、ここではあまり関係ないので割愛しておく。 「いらっしゃいませー」 店内に入ると店員の元気な声が降ってくる。 さりげなくくるりと頭をめぐらして店内の様子を観察する。 庶民の使う店は過去自分が赴いたような店とは違い、手間を減らすために独自のシステムを持ってることが多いことを、ここ最近の 経験で学んでいる。それを見極めようとしているのだ。 こういうある種のしたたかさのようなものは冥夜にはあまりない部分である。良くも悪くも冥夜はまっすぐなのだ。まっすぐ。そ れはもう、突進してくる猪ですらもう少しカーブするんじゃないかと思うくらい、まっすぐ。 もう少し柔軟性をもって欲しいと姉として思わないでもないが、もしかしたらああいう娘だからこそ想い人の心を掴むことが出来 たのかも知れない、とも思える。 さて、店内を見やると自分より一足早く店内に入った男性が、なにか販売機のようなモノにお金を入れている。みるとその機械には 「食券」と書かれている。 男性は出てきた食券をとり、それをカウンターに置いた。すると店員がそれを取り「特盛一丁っ」と声をあげ作業にかかる。 なるほど。ご多分に漏れず極力手間を簡素化したシステムになっているようだ。大体のことは把握できた。 観察した男性の行動に習い、券売機の前に立つ。が、ここで早くも障害に突き当たった。 メニューがよくわからない。 「牛丼」と言うものは話に聞いたことはあるので、そのボタンを押せば良いのかも知れないが、なにやら想像以上にメニューの種 類が多かったのだ。どのメニューも興味深いのだけど、それがどういうものなのかが今ひとつ掴めない。これが御剣で経験してきた ような店であればウェイターなり店主なりに聞けば良いだけのことなのだが、おそらくこの店でそんなことをしても、答えてはもら えるかもしれないが、迷惑なだけであろう。 さて、どうするべきか。無難に、少なくとも知ってはいる「牛丼」にしておくべきか。御剣の名のもとに新たな世界を切り開いて いくべきか。そんな逡巡をめぐらせている時。 「あれ? もしかして……悠陽、さん?」 横合いから声がかけられた。変装しているつもりもあって、油断していたところにふいに声をかけられたため、思わず硬直してしまう。 内心の焦りを表に出さないように律しながら、声の主へと顔を向ける。 「あら、これはタケル様……」 そこにいたのは妹の想い人であり、そして自分の想い人でもある人。白銀武その人だった。 「やっぱり悠陽さんだったんだ。そんな格好してるから一瞬判りませんでしたよ。どうしたんですかこんなとこで」 「あ、いえ。 昼食をとろうかと思い立ち寄ったのですが……」 「や、まぁ食い物屋に入るのにそれ以外の理由もないとは思いますけど。そうじゃなくて、悠陽さんがこんなとこで食事なんていったい どうしたのかなって」 「そ、そうですね、え〜なんと申しましょうか……あ、そうです!それよりもタケル様! 私、メニューがよくわからず迷っておりまして。 なにかタケル様のお薦めとかはありませんでしょうか?」 「へ? はぁ、そうですねぇ。まぁどれも悠陽さんの口に合うとは思えないッスけどねぇ……牛丼、ってのも女の人にはアレな気もするし、 無難に牛皿あたりですかね。」 「ギュウサラ、ですか……これでしょうか?」 「そうそう。それ」 「ではこれにいたしましょう。感謝いたします、タケル様」 「いや、そんな礼を言われるほどのことじゃないですよ……」 にっこり笑顔でうれしそうに謝辞をのべる悠陽。 その顔は双子の妹である冥夜と瓜二つなわけで、冥夜とともに悠陽も自分に好意を持っていることだってすでに知ってしまっているう え、それでも冥夜を選んだ武にはいささか複雑な気持ちを抱かせる。 「タケル様も、ご一緒にいかがですか? こちらには食事にいらしたのでしょう?」 「あ、はい……そうですね。そうさせてもらおうかな」 タケルも食券を買い、カウンター席も無粋かなと思いテーブル席に着席する。それに習い悠陽もその席についた。だが…… 「悠陽さん……」 「はい、なんでしょうタケル様?」 「なぜわざわざそこに座りますか?」 そう、テーブル席であるのにもかかわらず、悠陽が座ったのはタケルの隣であったのだ。 「まぁ。普通は違うのでしょうか?」 「いや、まぁ普通は対面に座るのではないかと……」 「よろしいじゃありませんか。せっかくの同席なのですし」 解かってやっているんだろうなぁ、と武は肩を落とす。こういう風に人をからかってくるのはこの人の性質なのである。それでも 憎めないあたりが人徳というのだろうなぁと思う。 とりあえず気にしないことにして、やってきた店員に食券を渡す。 悠陽は周囲や店の外の様子をうかがってから武に尋ねた。 「ところで、お一人なのですか? てっきり冥夜と一緒かと思ったのですが」 冥夜が一緒だと思いながらそこに座ったのですかあなたは。と、つっこみたい衝動を押さえながら答える。 「俺はちょっと本を買いに出てきただけなもんで。冥夜はなんか、かたずけなきゃいけない雑務があるとかで家にいますよ」 「なるほど……。せっかくの休日、一日くらいずっとタケル様と一緒にいても罰は当たらないでしょうに……もう少し余裕をもって欲 しいところです」 「まぁ、冥夜ですからね」 「そうでありましょうか……。 それではタケル様はこの後のご予定などは決まっておいでなのですか?」 「いや、特には。買うものは買ったけど、こっち出てきたのも久しぶりなんで少しぶらつこうかなと思ってたくらいですよ」 「そうですか……それでしたら、この後はご一緒にいかがでしょう?」 「え?」 「私も特にこれといった目的はありません、タケル様がよろしければ……あ」 「どうかしたんですか?」 「い、いえ。ええと……申し訳ありませんが私、少々忘れ物をしてきてしまったようで……場所はすぐ近くですゆえ、取りに行ってまいり ますので、タケル様は先にお食事を始めていてください」 「はぁ……」 「すぐに戻りますので」 念を押し、優雅とも言える動きで席を立って店を出て行く悠陽。 取り残された武は「なにか余程大事なものでも忘れてきたのだろうか」などと思いながらそれを見送り、そして「これってデートって事 になるのか? だとすると浮気ってことになるのか?」などと考えていた。 さて、店を出た悠陽様。 席を立つ時の優雅さはどこへやら、一目散に先ほどまで真剣勝負していたパーラーまで駆けてもどっていく。 さすがに武にこんなところへ来ている姿を見せるわけにはまいりません。 店員に声をかけて積んであった箱を全て換金。あまった玉を缶ジュースなど2〜3本と交換してハイ撤収! ここまでざっと4分! 取って返して武の待つ店へとダッシュ! 「お待たせしました、タケル様」 店に入ったとたん、店外での猛スパートなどおくびにも出さずきわめて優雅な物腰で歩み戻る。 「いや、5分も経ってないですから、全然。忘れものは大丈夫でした?」 軽い苦笑で迎える武。 「はい。万事問題ありませんでした」 乱れた呼吸を気づかれないように整えて再びタケルの隣へと着席し、対面席に置かれていた自分の注文したメニューをこちらへ引き寄せる。 「それでもそこに座りますか」 「? なにかおっしゃりましたか?」 「いえ、別に」 冥夜と一緒でなくてよかったと、安堵のため息を漏らしつつ答える武。それとも、冥夜がいないからこその行動なのか。……いや、いて も関係なくやりそうな気はするし、その場合は冥夜との板ばさみにより被害をこうむるのは自分であろうことは想像に難くないのだから、 やはり一緒でなかったことはこの場に限っては行幸と言えるだろう。 「タケル様? 先に食べていただいていてよろしかったですのに。お食事、冷めてしまったのではありませんか?」 自らの失態で武に冷めた食事をさせてしまうなどとは、御剣の名を冠する者として、そして武に想いを寄せる一人の女として、悠陽に とって許すべからざることこの上ない失態である。 「大丈夫ですよ、まだ来たばっかりだし。 それに、こんな食事とはいえ、自分だけ先に食べてるってのも……ね。せっかく一緒に食べるんだし」 「う……タケル様、その笑顔は反則ではないでしょうか……」 武の、なにか余裕のようなものを感じさせる台詞と、浮かべられた少年の笑顔のギャップに、知らず顔に血が上るのを実感しボソボソと 零す悠陽。 なんとか平常を装って武に顔を向け 「貴方に感謝を、タケル様」 「い、いや、別にそれほどのことじゃ……」 心からの謝辞とともにまっすぐに向けられた悠陽の笑顔に、今度は武が赤面してしまう。くどいようだがその顔は自らの恋人と瓜二つ なのだ。 「で、でも、まさか悠陽さんがこんなインスタントな食事をしてるとは思ってもいなかったですよ」 「そうですか……? まぁ、そう思われても仕方はないかもしれませんね」 「普段からの悠陽さんと冥夜のイメージからすると、外食なら外食でもっとこう、高級料亭みたいな所に行くもんだと」 「はい。御剣として行動するならば、そうなるでしょう」 「あ、すみません……俺、なんか失礼な事言ってますかね……」 照れ隠しのあまり、迂闊な事を口走ってしまったかとあせる。 「いえ、よいのです。間違ってはいないのですから。……そうですね、正直なことを申せば味だけの面で見れば美味しいと思ってはいない といってよいでしょう」 「はぁ。じゃあまたどうして?」 「これは私個人の考え方ですが、『食事』というものは味が全てではないと思っております。 私にとってはこういった庶民的な場での 行動自体が全て新鮮で刺激に満ちております。それも含めて楽しい『食事』なのです。さらに今はタケル様とご一緒しているのです、こ れが『美味しい食事』以外の何物でもあろうはずがない、ということです」 「う……それは……どうも、ありがとう……って言っていいのかな? あ、あはは」 照れ隠しでごまかそうとして出した会話で、さらにストレートな気持ちが乗った言葉が返ってきてしまってはなんとも参ってしまう。 もうこうなっては目の前の食事に逃げるしかない。一心不乱に牛飯を掻きこむ。 「ふふふ」 武のかわいらしいごまかし方に、口元に手をやりやわらかく笑う悠陽。 そのままお互い、さして時間をかけることも無く食事を終わらせる。 「それでは、この後はどちらへ参りましょうか」 「んー。そうですねぇ……」 これからのことを相談しながら店を後にする二人。 武としては冥夜に後ろめたい気持ちはあるが、こうもうれしそうな顔で袖を引っ張られて無碍になど出来ようか。いや、出来まい。 二人はそのまま、街の喧騒の中にまぎれていった。 3 「申し訳ありません、タケル様。少々はしゃぎ過ぎてしまいましたでしょうか」 「え?」 唐突な謝罪に思わず立ち止まって悠陽の顔を見つめてしまう。 「いえ、タケル様がいささかお疲れ気味な面持ちでしたので……調子にのって無理矢理連れまわしてしまったのではないかと」 二人で結構たくさんの場所を回って、気が付けば日も大分傾き始めていた。 そろそろ帰った方が良いだろうということになり帰途についた夕暮れの道。思い返せば随分あちこち引っ張りまわされたのは確かだが、 別段嫌々ついて行っていた訳ではないし、目に入る物がどれも本当に珍しいのか、心から楽しそうな悠陽を見ているのは武にしても楽し いと思えることだった。 「大丈夫ですよ。まぁ、疲れてない、って訳じゃあないですけど、楽しかったですから。悠陽さんは、つまらなかったですか?」 二人で周っている時の悠陽を見て、退屈しているなどとは誰も思うわけがないのだが、あえてタケルはそう返す。 「と、とんでもありません! 生まれてこの方、これほど楽しく充実した時を過ごしたのは初めてかもしれません!」 少し興奮気味に答える悠陽。 「なら、お互い楽しかったのなら、いいじゃないですか」 「タケル様……」 なんとなく気まずそうな悠陽にやさしく微笑んで、また歩き出そうとする。と、 「タケル様」 再び呼び止められ、なんだろう? と振り向く。 ふいに頬に添えられる暖かい手。 そして状況を確認する間もなくふさがれる唇。 目を凝らすと、極間近に瞳を閉じた悠陽の顔がある。 重ねられた唇が、ひどく、熱い。 どのくらいの時間そうしていたのかわからなかったが、やがてゆっくりと悠陽の顔が少し離れた。 悠陽の吐く息が武の顔を撫ぜていく。 「貴方に、心からの……感謝を……」 「え? あ、え……え?」 (キス!?/接吻!/誰が!?/ふわって/悠陽さん!?/誰かに見られたら/柔らか/冥夜/ラクダ/将軍/朝顔/綺麗/同じ顔) 思考が回らない。 今、何をされていたのかすらぼんやりとしか理解できていない。 さらに神は、落ち着いて考える暇さえ与えてはくれなかった。 「あーっ!殿下だー! おーい殿下ー!」 遠くから叫ぶ、子供の声。 「へ?」 「あら」 声のした方を見やれば、そこは御剣姉妹がここ1km四方に武と純夏の家以外に残した唯一の物である小さな公園。 その公園でこちらに向かって手を振っている子供達がいる。 「まぁ、あの子達……。 申しわけありませんタケル様。少々寄り道してよろしいでしょうか」 「え? え、ええ。 別に、全然、はい」 事態の推移にまったく着いていけていない武。 悠陽は今しがた自分が何をしたのか、気にもしていない風で公園に向けて歩き出す。 何を言っていいのかもわからず、とぼとぼと後を着いていく。 公園に入ると悠陽の周りを子供達がぐるりと取り囲んだ。 「殿下ー、今日遊びに来るかと思ったのに何でこなかったのさー」 「殿下!殿下! 私今日ね、逆上がりが出来たんだよ!」 「ねー殿下ー。このお兄ちゃん誰ー? 殿下のかれしー?」 「でんかー またペケモンカードのこうかんしよー」 「あ、だめだぞ。その前にオレが殿下とペケモンカード真剣勝負するんだからな」 「殿下ー、これ、昨日ママに教えてもらって作ったクッキーなんだけど、どうかなぁ」 皆が皆、我先にと悠陽に話し掛ける。 いつの間にこんなことになっていたのか、なにやらものすごい懐かれようである。 しかし、いっぺんに話し掛けてくるものだから誰が何を言ってるのやらさっぱりわかりゃしない。 ひとつだけわかったことは、 「……殿下?」 「ふふふ、なぜかいつの間にやらそう呼ばれるようになってしまいまして……」 苦笑いで答える悠陽。子供達に向き直ると 「智樹さん申し訳ありません、今日は少々はずせない所用がありましたもので。梢さんお見事です、さらに上を目指して精進し ましょう。速太さん、残念ながらそちらの御方は私の良人というわけではないのです、まだ。勝夫さん、また次の機会に交換いたしまし ょうね。信也さん、その勝負、御剣の名にかけてお受けいたしましょう。弘美さん、結構なお手前です。私の妹にも見習って欲しいくら いですね」 「うわ、聞き分けてる」 さすが、と言うべきなのだろうか。 それに、全員に対等な目線での受け答えをしている様に感じる。いや、ペケモンカードに関してはとりあえず触れないでおこう。 子供達にもみくちゃにされながらも一人一人にしっかりと答えを返していく悠陽の姿を見ながら、なんとなく「保母さんとかになったら かなりいい先生になりそうだよな」なんて思う。まぁ、「御剣」である以上有り得ないことではあるのだろうが。 「さて皆さん、もうだいぶ日も傾いております。親御様方が心配なされるといけません、そろそろ御家へお帰りなさい」 「えー」 「まだ平気だよ〜」 「そうだよ、もっとあそぼう〜でんか」 まだ一緒にいたがる子供達を、また次の休日に、今度はもっと早い時間から遊びましょうね、となだめてそれぞれを公園から送り出す。 最後の一人が見えなくなって、悠陽はタケルに振り向いた。 「お時間を取らせてしまいましたね。私たちも参りましょう」 「そうですね」 4 「それにしても、すごい懐かれ様でしたね」 「え? ああ、子供達ですか」 とりあえず家に帰り着き、腰をおろしたのは白銀邸ではなく隣に建つ御剣御殿の悠陽の私室。 夕食の時間までにはまだ少しあるので、それまでお茶でもしましょうと招かれたのだ。 和風建築の御剣御殿の雰囲気に合わせられた調度品が整然と並べられているところに、チョコチョコと女の子らしい小物などが置かれ たりしていて、落ち着いた感じの中にもかわいらしい感じがする、悠陽らしい部屋である。 間取り的には入り口とは違う壁にもう一つドアがあるので二部屋構成になっているようだが、そちらはまだ見せてもらったことは無い。 おそらく寝室にでもなっているのだろうと武は思っている。まぁ、間違っては、いない。 「以前に少し、あの公園で縁がありまして、それ以来何かと気にかけているものですから」 「へぇ……悠陽さん、先生とかに向いてそうですよね」 「せんせい……ですか?」 「そ、さっきの光景見てて、なんか保母さんとか似合いそうだなって。まぁ、高校教師とかでまりもちゃんみたいな感じもよさそうです けど」 なんとなくあの時考えていた感想を述べてみる。 「そうですね……考えたこともありませんでしたが、確かに子供達にいろいろ教え導くのは楽しいかもしれません」 「女教師姿の悠陽さんかぁ……」 思わず想像してしまう。 髪を下ろし眼鏡などかけて、白いブラウスに黒のタイトスカート。片手に教科書を持って教壇に立つ悠陽。 「…………良いかもしれない」 授業を教えてる時はきりっとしているのだが、それが終わるとふわっとした雰囲気になり、教室を出ようとしてドアの桟に躓いたりし て、転んだ拍子に……いやまて、夕呼先生みたいに白衣と言うのも…… 「タケル様? どうかなさいましたか?」 「え? あ、いや、別に何でも。なんだか悠陽さんの教師姿、似合いそうだなって……あははは」 「はぁ……。ふふ、ご希望でしたらタケル様のお望みの服装を着て見せて差し上げましょうか?」 なんだか妖艶ともいえる感じの笑顔を向ける悠陽。武の心臓がどくん、と一つ高鳴った。 「え……そんなすごいパライソ!……あ、いや! えと、そりゃまたなんと言うか……」 「ふふふ」 一転して無邪気な笑顔に変わりコロコロと笑う。 そんな悠陽の変化に戸惑っていると、誰かがドアをノックした。 「姉上、お帰りになっているのですか?」 「あら、冥夜ですか? あいておりますよ、どうぞお入りなさい」 声をかけ訪問者を招き入れる。 「失礼します。姉上、少々お聞きしたいことが……む? 武……」 「よ。やらなきゃいけないって言ってたのは、もう終わったのか?」 「タケル様とは本日街でバッタリとお会いしまして、色々と案内をして頂いたものですから。お礼にお茶をご馳走させて頂いていた所です」 「そう……なのですか……」 今日の事をあっさりと口にする悠陽に、内心少し冥夜に罪悪感のあった武は背筋に冷たいものが走る。 それと言うのもやはり、あの帰り道での悠陽の行動には戸惑っているためである。しかも、直後にあんな展開があったため、真意を確 かめるタイミングを完全に逸してしまっていた。悠陽の様子をうかがう限りでは、別段あんなことをしたことを気にかけてる雰囲気は無 い。しかし、武にしてみればただのスキンシップで済ますにはいささかショッキングすぎる事態だ。 まさか、わざわざそんなことまで冥夜に話すとは思わないが…… 冥夜は悠陽と武の顔を交互に見比べている。 「ゆ、悠陽さんに用なのか? あ、俺はずしたほうが良いかな?」 「…………」 気を利かせた方が良いのかと思い聞いてみるも、冥夜はなにやら思案顔で黙り込んでしまった。 「いかがしましたか、冥夜。何か聞きたいことがあった様ですが」 「あ、はい。そう、なのですが……すみません、また後ほどにします。武、少しよいか」 「え? あ、ああ……俺はいいけど……。なんだよ、悠陽さんに話があったんじゃないのか?」 「よ、良いのだ、それはまた後で聞く! とにかく少し顔を貸してくれ!」 「わ、わかった、わかったよっ。だからそんなに引っ張るなっ」 武の腕を取ってずるずると引きずっていく冥夜。 「それでは失礼します! 姉上」 「お茶、飲みかけですみませんね悠陽さん。今度またご馳走してください〜」 「ほら、来るのだタケル!」 扉が閉まる。 廊下からは二人の遠ざかっていく声が聞こえてくる。 「ぷ、ふふふ」 だいぶ離れたあたりで、傍目にわかりやすい冥夜のヤキモチに、こらえきれずに吹きだしてしまう。 まぁ武がそれに気づいているかは疑問ではあるが。 今しがたまで武が座っていた席を見る。 飲みかけのお茶がぽつんと残っている。 今日は、本当に楽しい一日だったと思えるだけに、その光景にひとしおに寂しさを感じてしまう。 しかし、ひとつ楔は打ち込んだ。まさかそんなことをしようとは露ほどにも考えていなかったのだが、あの時、衝動的に体が動いて しまった。 自分の唇にそっと指をあてる。 あの時の感触はまだはっきりと覚えている。その暖かさも。 しかもなんだ、考えてみれば初めての行為であるわけで、いわゆるファーストキスなわけである。 顔に血が上って来るのが自分でわかる。 勤めて気にしないようにして平静を保っていたが、やはり思い出してしまうと制御が利かない。 もうすぐ夕食の時間だ。こんな顔では皆の前に出ることはできない。 とりあえず今は考えるのはやめよう、と、隣の部屋に移りパソコンの電源を入れる。 メールのチェックをしてから日記帳を立ち上げる。これを書いてるうちに食事の時間になるだろう。 さて、すばらしかった今日の一日をどう書き綴ろうか…… |
懲りずに書いてしまったSS第3弾。 と言っても実際は「さびしんぼう」よりも前に書き始めていたのに、途中でずっとほったらかしあったんですけどね^^; そのせいか、いざもう一度書き始めると元々何を書こうとしてたのかがあやふやになってしまって方向性が変わってしまいました…… 当初の予定にはなかった「不意打ちキス」なんぞかましてくれたもんだから、一度は最後の方がドロドロ三角関係になりそうになってしまい、 何度か書き直す羽目に>< それ以外にも、とにかく悠陽様の口調に悩まされましたねぇ。 FEXでは然程出番は多くないため判断の材料が少ないし、オルタはオルタで、あの悠陽様とFEXの悠陽様はまたしゃべり方が少し違う気が するものですから。 いくら財閥令嬢とはいえ征夷大将軍ほど上からの言葉遣いにはならないんじゃないかなぁって……帝国思想が続いてるあの日本と今の日本の 違いもありますしね。 あと、冥夜と悠陽様は台詞に選ぶ単語が私なんぞのボキャブラリーでは到底ありえないものが多いのですが、それに関してはもうどうしようも ないのでまる投げですw とりあえずは「なんか間違った方向に順応しちゃった悠陽様」が書きたかっただけなのですよ^^; |